2013年12月19日木曜日

今年最後の「千年の愉楽」奄美にて

若松孝二の一周忌も終わり、
若松監督の右腕だった撮影の辻智彦さんの
初プロデュース作品「かなたの子」がWOWOWで始まり、
若松組の俳優たちも、テレビドラマに舞台に映画に活躍を続け、
新たな作品が次々と世の中に「オギャー」と生まれ、
あるいは、過去の作品との新たな出会いも次々生まれて
そうして、月日は流れている。

若松監督のよき理解者であり
小粒の山椒のような味わいを加えてくれる出演者であり
ささやかな酒を酌み交わす仲間であった
ゲージツ家KUMAさんこと篠原勝之さんが
若松監督と北海道を旅した記憶を辿った短編「花喰い」が
文学界1月号に掲載されている。
www.bunshun.co.jp/mag/bungakukai/

生きる事が始まったその瞬間から
死ぬ事を抱えて全ての人が生きる事を
ことあるごとに感じる日々でもあった。

このブログを始めた「実録・連合赤軍」制作準備の動きだしの頃。
「共謀罪」が審議されたり、法政大学で立て看板を巡って学生が逮捕されたり
いろんな出来事が相次いで、若松監督はよく吠えていた。
そして今、特定秘密保護法の強行採決に防衛大綱で防衛力強化、
エネルギー基本計画で強引な原発回帰、怒濤のような激しい流れの中で
若松監督の吠え声は、聞こえてこない。
2013年という年を、忘れないだろう。

そして、この年の締めくくり、
若松孝二一周忌の締めくくりに、
奄美大島にて「千年の愉楽」を上映するのである。
上映後には、出演の井浦新さんと、
音楽の中村瑞希さん、ハシケンさんのトークがある。
作品と出会った奄美のお客さまとともに
どんなトークが繰り広げられるだろうか。


12月22日(日)17:30開場18:00開始
会場 りゅうりゅう館
前売 一般1500円 学生1200円
当日 一般2000円 学生1500円
(未就学児は無料)

そして、年末の大晦日に、ロケでお世話になった
東紀州FCの田上さんがFM三重に出演して
「千年の愉楽」についてお話してくださるという。
12月31日(火)7:30〜のレディオキューブFM三重「READY!」の
「三重映画さんぽ」コーナーにて!
(田上さんのトークは8:40頃の予定)

三重県尾鷲市須賀利でのロケは2011年の晩秋だった。
あの瓦屋根の集落の向こうに見えた尾鷲湾の朝と夕暮れ。
酸素ボンベをポケットに入れた監督と一緒に
海の上の光の反射が刻々と表情を変えていくのを眺めたロケの11日間が
どれだけ豊かな時間だったのか、今になって痛いほど噛み締めている。

田上さんのトークから、どんな須賀利ロケのエピソードが飛び出すか
大晦日の慌ただしい一日のスタートを、ぜひFM三重で!

2013年11月21日木曜日

奄美の地で今年最後の「千年の愉楽」

一周忌が終わり。
各地での上映もおおよそ一区切りし。
次々に新たなる意欲作がスクリーンに登場し。
若松監督の新作が観られる事がもうないのだと再確認する。
今、若松監督が生きていたら、どれだけ吠えただろうと思う。
数年前に「共謀罪」に吠えていた監督を思い出す。
「特定秘密保護法」に与党が暴走していく年の瀬に、
「福島原発」の壮絶かつ悲惨な状況も
2020年オリンピック開催という「国益」の前に
「国益を損なうような情報」である事を理由に、
これまで以上に情報が得られなくなっていくのだろうか、と。
そんな予想が徐々に現実になりつつある悪夢のような今。
しかし、表現は続いていく。
より、切実なものとして、表現は続く。
今年最後の若松監督作品上映会は、
「千年の愉楽」の全編を彩った奄美民謡のその地にて。
『千年の愉楽』上映会&中村瑞希&ハシケン&井浦新トークショーin奄美
日時:2013年12月22日(日)開場時間 17:30/上映開始時間18:00~
会場:りゅうゆう館(鹿児島県大島郡龍郷町浦1837番地)
出演:中村瑞希・ハシケン、井浦新
料金 
前売 一般/1500円 学生/1200円 未就学児/無料
当日 一般/2000円 学生/1500円 未就学児/無料
詳細は
http://www.a-mp.co.jp/diary/diary.cgi?field=2

今年最初に三重で始まった「千年の愉楽」上映は
奄美大島で今年の終わり。
三重と奄美、半島と島、彼の地とこの地、静かにつながった一年。

2013年11月12日火曜日

佐賀の愛すべきミニシアターにて若松孝二と再会

作品は永遠に残るからな、と言い続けた若松監督の言葉を
そのままに辿る時間となった。
佐賀。なかなか、強烈なイメージを喚起しにくい土地ではある。
でも、この市内で、熱い思いと軽やかなフットワークで
ミニシアターの文化と空間をつくりあげる挑戦が続いている。
「シアター・シエマ」by 69'ners Film(シックスナイナーズフィルム)
若松監督も、渚ようこさん通じてのご縁で、「キャタピラー」以降
いくつもの作品を上映して頂き、監督も自ら舞台挨拶に訪れている。
「なかなか、いい映画館なんだよ。
 だけど、お客がそんなに集まってないんだよ。もったいないんだよ」
そんな言葉を監督から聞いていた。
11月10日(日)、佐賀BOOKマルシェという地元のイベントの一環で
69'ners Filmの企画で、「言葉と映画」というテーマのトークイベントが
佐賀の商店街の一角のコミュニティスペースにて行われた。
トークゲストは、若松孝二の映画を語らせたら
とどまる事を知らない熱き思いが溢れ出す社会学者の宮台真司さん。
そして若松作品と言葉(あるいは書籍)という観点から、
近作の制作及び書籍を編集してきた大友麻子もご一緒させていただいた。
司会は、この企画の仕掛人、69'ners Filmの松瀬理恵さん。
時にシャープな論戦で他者の頭脳の追随を許さない宮台さんだが
今回は、実に穏やかに言葉豊かに、そして真摯に、
暗闇のスクリーンで映画を見るという事そのものの「映画性」、
突き抜けられない現実を、突き抜けられない故にその中にとどまるのでなく
そのさらに外側にある「なにか」の輝きを求めて、しかし求めるが故に挫折していく
自分たちの今の日常を生きる中で、そうした作品に出会う事の意味を語り
佐賀のミニシアターへの強いエールを送った。
若松監督が言葉とどう格闘し、そこから映像を紡ぎだしていったか。
近作の思い、さらには遺作となった「千年の愉楽」も
おそらく、母性の映画という側面も指摘されるけれども
路地から出たい、ここから出て生きたいと求めるが故に挫折していく
あの青年たちを描くための題材であったはずである事、
作品を語りながら、いつのまにか、若松監督その人を語るトークとなった。
作品は、常にそこにあり、見るものが、扉を押し開けて入ってくるのを待っている。
夜には、シアターシエマにて「理由なき暴行」(1969年)の上映。
上映前に宮台さんによる短いトークが行われた。

トークは上映後に限る、と思っていたが、宮台さんのトークを聞いて
その考えはくつがえされた。
1969年という時代がどのような時代であったか。
当時の新宿という空間がどのような意味を持っていたか。
電車とは、小田急線とは、網走番外地とは。
映像の中に、脚本の中に、密やかに織り込まれた作り手の意図を
(意識したものも無意識のものも含めて)
ノイズにならない範囲で、前提のものとして共有する事によって
世代を超えて、作品に向き合う素地が作られて行く。
その様子を目の前で実感する事ができた。
そして、スクリーンの中に立ち現れて来た青年たちのつぶやき
彼らをとりまく風景、それら全ての中に
ヒリヒリとした行き場のない思いを抱えていた
あの頃の若松孝二を、しかと目撃する事ができた。
シアターシエマ、若松監督が絶賛していただけあって
密やかに静かな時間の流れる小さなたまり場的なカフェがあり
劇場内の椅子にもソファあり寝椅子あり。
休日の遊び場といえばショッピングモール、という町の中で
ひときわ、その存在感を際立たせていたのである。
そのシエマにて、今週金曜日まで
「若松孝二追悼特集」上映がレイト枠で続いている。
http://ciema.info/index.php?itemid=3255
「理由なき暴行」「欲望の血がしたたる」「水のないプール」を
日替わりで上映している。
少し足を踏み入れるのを躊躇しているとしても。
そこに、日常をぐにゃりとねじまげてくれるような
不思議な時間が待っているかもしれない。
劇場という空間は、お客と劇場と作品の作り手が
それぞれにコミットしながらつくりあげていく場所だと
実感させてくれたシエマでの一日であった。

2013年10月30日水曜日

若松孝二写真展、新宿にて!

「実録・連合赤軍」ロケ佳境、あさま山荘放水シーンが始まった日。
一人の写真家が現地に訪れました。
その名は、グレート・ザ・歌舞伎町さん。
井浦さん(当時ARATA)のお知り合いという事でした。
そして、粉雪と怒号が飛び交う壮絶な現場で
シャッターを切り続けました。

歌舞伎町さんは、「11.25自決の日」のロケでも
バルコニーでの絶叫演説シーンと、
御殿場の自衛隊演習場でのゲリラ撮影の場に現れました。

この2作品の、クライマックスシーンの日にふらりと現れ
その日の若松孝二をファインダーに焼き付けて行きました。

その作品たちが、11月2日〜14日まで、
新宿のBEAMSギャラリーにて展示されます。



題して
GREAT THE KABUKICHO 写真展
若松孝二
11/2(sat)〜11/14(thu) 11:00〜20:00

11月3日には17時〜18時30分まで、
アーティストトークが行われ、
ゲストに井浦新さん、大西信満さんが登壇するそうです。(予約制)

http://www.beams.co.jp/news/detail/2464

若松孝二監督の写真展。
メイキング映像とはまた違った
若松監督の表情たちに会える事でしょう。
ぜひ、BEAMS JAPAN 6FのB GALLERYに足をお運びください。

2013年10月23日水曜日

高円寺フェスにて「胎児…」上映と宮台さん足立さんトーク!

怒濤の一周忌が終わりました。
すっかり秋が深まっています。
台風が次々と太平洋を北上する晩秋です。

今週末も空模様が怪しい中、高円寺フェスが開催されます。
そして、このイベントの一環「本とアートの産直市」の企画として
座・高円寺にて、「胎児が密猟する時」の上映&トークイベントが行われます。



若松監督初期傑作の1本を観て、
若松作品をこよなく愛してくださる宮台真司さんと
同作の脚本・助監督をされた足立正生さんをお招きしてのトーク。
密室での監禁劇、密室の外側の巨大な密室、調教は抑圧なのか解放なのか。

秋の一日、若松監督の作品に、ぜひ会いにいらしてください。

2013年10月18日金曜日

若松孝二一周忌!

秋晴れの気持ちよい十三夜の夜。若松孝二一周忌を迎えた。
下高井戸シネマでは「千年の愉楽」に引き続き近作メイキング上映。
上映後の場内は、汗ばんでいるような、呼吸しているような
湿った熱で満たされていた。
その熱をじんわりと漂わせて、ジム・オルークさんの演奏が始まった。
「『海燕ホテル・ブルー』では、実際はギターをあまり使わなかったけれど
 今日は、『海燕ホテル・ブルー』を演奏するのがいいでしょう」と語り、
ジムの手がギターをなでると、
静かに、黒砂漠と波しぶきが場内の空気を揺さぶり始めた…。

 

 

 

 

 

続く、渚ようこさんは、若松監督に時に厳しく鋭くアドバイスされながら
コマ劇単独リサイタルに挑んだ事などを話しながら
『実録・連合赤軍』劇中歌として歌って頂いた『ここは静かな最前線』。
そして、監督も大好きで、阿部薫さんが亡くなった時に聴いていたという
『Summer time』を、子宮に戻って行った監督に寄り添う子守唄のように。
そしてラストに『天使の恍惚』より『ウミツバメ』。
椅子から立ち上がって歌う渚さんの声に、高橋ピエールさんのギターがからみつく。
静かに熱く、闘い続けた監督への鎮魂歌。

空間を満たす音の中に、震える空気の中に
まるで映像のように思いや存在が立ち昇ってくる。
それは、各自の心の中にいる若松孝二の姿であるかもしれないし
その個的な姿を越えたなにものだったのかもしれない。
音を奏でる事は、太古より、彼方との道をつなぐ一つの方法だったのだと
全身で感じた瞬間だった。
ライブのラストは、若松監督も熱望していた
『千年の愉楽』の中村瑞希さんによる奄美の島唄と三線。
「最初にお話を頂いた時は、なぜ奄美の島唄なのかなと思ったのですが
 小説を読み、脚本を読んで、ああ、通じている、と。
 奄美は薩摩や琉球の支配という歴史を歩んで来て、
 自分たちは口にする事もできないサトウキビを育てて献上してきた。
 そして、その辛さや苦しさを島唄に込めていました。
 監督に、奄美の言葉はわからなくても、その心の叫びが聴こえていたのでしょうか」
そして、マイクを通さない、中村さんの肉声の島唄のライブが始まった。

「糸繰り唄」「うけくま饅女節」
半蔵の、三好の、達男の、生きて死にゆく様を描く度に
ずっとこの節を監督が聴いていた、あの現場を思い出す。
時間も場所も、全てが一つの弧のようにつながっているようだった。
そして最後に『千年の愉楽』オリジナルの『バンバイ』を唄ってライブは終了した。
引き続き、井浦新さん、大西信満さん、満島真之介さん、辻智彦さんが
壇上に並んでトークが始まった。

「常に、いつも監督の視線を感じる」とカメラマンの辻さんが語ると、
「近くにいてくれると感じずにはいられない」と井浦さん。
「一周忌だからいいことを言おうとかそういう事ではなく
 間違いなく、今、自分たちがここに立って、こうして表現しているのは
 若松さんのおかげである事を、役者もスタッフも感じている。
 であればこそ、言葉でどうこう言うより、
 きちんと仕事をやり続ける事でしか恩返しはできない」と大西さんが言葉をつなぎ
「僕は、監督との現場で初めてカメラの前に立った。
 今も、どうやって闘えば、ああいう背中になれるのか、と追い求めている。
 時間が経つと、罵倒の言葉も愛に変わっている。それを実感してきた1年だった」
と満島さんが語った。
しんみりと言葉をつないでいたが、後半、
大西さんが大森監督にカメラマンの辻さんを紹介しようとしたら、
実は独占欲の強い若松監督が
「俺が育てた辻君をなんで紹介するんだ!俺のもんだ!」と烈火の如く怒った話など
若松監督の素顔が垣間見えるトークで場内に笑いも。
濃密な時間が凝縮された空間は
ポレポレ東中野のレイトイベントへと移動して続けられた。
ポレポレ東中野では、若松監督デビュー作『甘い罠』が上映されるとあって
満員の場内は上映前から静かな熱気で満ちていた。
そして60分ほどの短いデビュー作が……。
「世の中には、甘い罠が満ちている……」というナレーションのもとで
60年代の東京の町並み、人間たちの姿が映し出される。
若い男のモヤモヤ、言葉、仕草、風景、女性の描き方。
不思議な事に、オーソドックスな画面の随所から
若干26歳の若松監督の姿が見えてくる。
あの時、この絵を切り取ろうとして、はち切れんばかりの負けず嫌いな思いで
現場に挑んでいた監督が見えてくるようで……。
あれよあれよと展開していく、物語の果てに
唐突に現れた「終」の文字。
灯りの付いた場内は、着地しきれない観客の気持ちが充満しつつ
再び、ジム・オルークさん、渚ようこさん&高橋ピエールさん、中村瑞希さんの
ライブが始まって行くのだった……。
そして、再びの4人のキャストスタッフトーク。
「……甘い罠……」と井浦さんが言葉を切り出すが
会話が回っていかない。これは『甘い罠』のトラップか。
「……『終』マークにこれほど驚愕したのは初めてで…」と大西さん。
「僕も前につんのめりました」と井浦さん。場内笑い。
辻さんが「僕は、ちょっと違う見方をしてました。
若い助監督から叩き上げの監督が、ここに至るまで
どんな思いをしてきたんだろう、と思うと、
違う意味で、涙がこみ上げて来ました」
「若松監督は、乱暴で乱暴で残酷な作り方をする、
 あの100本以上の作品の最初の一滴、その源流なんだとしみじみ感じましたね。
 最初の作品は技術スタッフもベテランばかりで、
 若い監督は言葉でうまく伝えられずに
 新聞の写真などを100カット切り抜いてスクラップブックに貼って
 それで、「次はこの絵で」と説明したんだと話してくれた事を思い出しました」
と井浦さんも監督のデビュー作のエピソードを披露した。
「最後の唐突さは、海燕を思い出した」(辻さん)
「刺されて死ぬボス、地曵君(『海燕』主演)に似てたよね」(井浦さん)
「芝居も似てたね」(大西さん)
「監督、ブレてないんだよ…」(井浦さん)
「……」
「甘い罠のせいで、言葉少なくなったね。真之介はどうなの」(大西さん)
「甘い罠には、気をつけようと思います」(満島さん)
と、若松監督デビュー作でカウンターパンチをくらった4名は
かろうじて言葉をつなぎ、客席にいた若松監督の盟友・足立正生さんに
コメントを求める一幕も。
最後は、「どんなにこれからいくつもの現場をやっていくとしても
自分たちは、どこの出身か、と聞かれたら
『若松組です』って、そう答えだろうと思うんです」と大西さんが語り
「若松監督の現場で学んだ事は、身体の奥で原動力になってる。
 監督が旅立ってから、若松監督の遺志を継いで…と言ってる人たちを
 僕は反吐が出そうな思いで見ていました。
 若松監督の映画は若松監督にしかできない。遺志を継ぐ事はできない。
 監督の新しい作品はもう見る事はできないけれども
 監督が遺してくれた作品たちとの出会いがこれから待っている。
 時間をさかのぼるようにして観るのもいいと思います。
 様々な場所で上映される折に、監督の作品を心ゆくまで楽しんでください」
と井浦さんが、11月に開催される「若松孝二写真展」や
12月に奄美大島で予定されている「千年の愉楽」ライブと上映とトークイベントなど
これからの事を告知して、トークイベントは終了した。






慌ただしくも濃密だった一周忌当日に引き続き
本日も下高井戸シネマにて『実録・連合赤軍』『11.25自決の日』2本立て。
そして、名古屋のシネマスコーレでも
『実録・連合赤軍』『キャタピラー』『11.25自決の日』上映と
各上映後に井浦さん大西さんのトークが行われている。
名古屋では、明日も
『若松孝二を語るシンポジウム』が行われ、スコーレ支配人の木全さんと
井浦さん、大西さんがじっくり若松孝二と作品を語る1時間半。
午後には『海燕ホテル・ブルー』の上映と舞台挨拶も。
さらに、夜には大阪『第七藝術劇場』にて
『実録・連合赤軍』『海燕ホテル・ブルー』上映と
こちらも井浦さんと大西さんのトークが行われる。
若松孝二、一周忌キャラバンは、続く。

たくさんの方に支えて頂いて実現できた一周忌を巡るイベント、
心より、感謝を申し上げます。
監督逝去直後に、予定通りに行った下高井戸シネマでの
『11.25自決の日』の上映とトークイベントや
急遽決まった東京国際映画祭での『実録・連合赤軍』追悼上映と
トークの時を思い出します。
打ち拉がれて、現実が飲み込めないままに、呆然としながらも
登壇してくださったキャストやカメラマンの辻さんの姿が一年前にはありました。
そして、今、遺作を全国に届けた後に、再び一年後に
このような形で登壇して頂けた事、劇場にたくさんの方に足を運んで頂いた事
このイベント実現のためにお骨折りくださった皆様に
心より、感謝申し上げます。
遠くの地から心を届けてくださった皆さまも、ありがとうございました。

2013年10月17日木曜日

若松孝二監督の一周忌の一日

若松監督一周忌の日がきた。
ちょうど一年前に監督が逝去。
一年かけて、遺作「千年の愉楽」を全国で上映してきた。
監督が自ら作品を語る事はかなわなかったけれども
それぞれの上映の地で、作品は、見てくださった一人一人の方のものとなった。
本日も、引き続き、下高井戸シネマにて追悼特集が、
そしてポレポレ東中野ではレイトでのイベントが行われる。
下高井戸シネマでは「千年の愉楽」に引き続いて
「メイキング」60分バージョンの上映、
ジム・オルークさん、渚ようこさん、中村瑞希さんのライブ、
井浦新さん、大西信満さん、満島真之介さん、辻智彦さんのトーク。
ポレポレ東中野では21時10分〜
若松監督デビュー作「甘い罠」上映、
ジム・オルークさん、渚ようこさん、中村瑞希さんのライブ、
井浦新さん、大西信満さん、満島真之介さん、辻智彦さんのトーク。
若松監督が遺した一つ一つを辿って、一周忌という日を過ごす。

そして、昨夜も、下高井戸シネマにて、新たなトークの時間が刻まれた。
「海燕ホテル・ブルー」上映後のトークに、ヒロイン片山瞳さんと
「千年の愉楽」後家の初枝役の安部智凛さんが登壇した。
「これまでのトークでは常に、
 大西さんや地曵さん、男たちに頼っていたと痛感してます…」と
安部さんが浮遊トークをスタートさせた。
片山さんが、安部さんが若松組初参加となった
「実録・連合赤軍」当時のエピソードを引き出そうと試みるも、
キャッチボールが時に横に飛ばされたり、静かに通過したりしながら
それでも2人の真摯さが会場内に伝わる、暖かなトーク。

「11.25自決の日」では、男役しかないところを
懸命に手紙を書いて、人形焼きに貼付けてポストに入れたら
全共闘の学生役を女性にして配役してもらえたエピソード。
安部さんも受けた「海燕」でのオーディションが
安部さんの時と片山さんの時では、微妙に状況が異なっていた事。
2人が訥々と語る若松組のエピソードの合間には、
15分ほどのメイキング上映も挟まれ、若松組の空気が会場内ににじんでくる。
場内からは「千年での後家の濡れ場が割とあっさり描かれたが、その理由は?」
との問いも。
「半蔵の目がとても奇麗なんだ、奇麗な若者なんだ。
 その半蔵にあまり汚らしい事をさせたくないんだよ」と、
本番の5分前に台本が大幅に変わった事などを安部さんが明かした。
若松監督からの言葉で自分の中で大切にしているものは、との問いに
片山さんが「”お前ならどうする”という問いかけ。
監督を喪ってから、それぞれがずっと、
この問いを自分自身に投げかけてきた一年だった気がするんです」
安部さんは、「今まで怖くてまともにはなせなかった監督」が
『千年の愉楽』の打ち上げの前に、こっそり牡蠣とビールを堪能しご機嫌で帰って来て
いきなり「お前、飲み会好きか?」と聞いてきた時のエピソードを語った。
「好きですって答えたら、そうか。お前に足りないのは人間観察だ。
 こうやって人が飲み食いしているところをよく観察してみろ。
 いろんな人間がいるんだよ、それを観察する事だ、と言われまして…」
監督は人を観察するのが好きだった。
電車にずっと乗っていても、人をあれこれ観察していると
ちっとも飽きないのだ、と言っていた。
だから、若松プロに居る時は、いつも緊張するのだった。
一挙手一投足、じーっと観察する監督が、いつも事務所の真ん中に座っていた。
片山さんが、最後にまとめた。
「『海燕』を、私の地元の福岡で上映するために監督が手を尽くしてくださって
 私の家族を招いて挨拶してくださった。
 その時に、『人はね、人を愛するべきなんだよ』と。
 そして、『どうしても許せないものとは闘うべきなんだよ。
 だから、僕は原発とは闘うんだ』と言われた事を覚えてます」
「監督、恋愛ネタ好きでしたよね」と安部さんの一言コメントで
笑いの余韻を残し、トークは終了した。
毎回、毎回、その瞬間ならではの言葉が飛び出し、空気が色づく。
そんな連日トークも本日が最後である。
澄んだ秋晴れの一日に。

2013年10月16日水曜日

嵐の中、トークまで残ってくださったお客さまたち

昨夜は大型台風接近、しかし追悼特集の続く下高井戸シネマでは
「千年の愉楽」と「11.25自決の日」の二本立て上映。
そして森田必勝を演じた満島真之介さんと
自衛隊富士学校校長を演じたKUMAさんこと篠原勝之さんが
風雨強まる中、劇場に駆けつけてくださった。
上映後、トーク前に帰ろうとするお客さんに向かってKUMAさんが
「これからトークだぞ」
「台風だから…」
「台風なんて、まだ来ないぞ、台風とトークとどっちが大事だ」
と、よく考えると、よく分からない会話を交わした後に
「じゃ、聞いて行きます」と劇場内に戻られたお客様も。
そして、KUMAさん×満島真之介さんという
今回初の顔合わせコンビによるトークが始まった。

 

「11.25自決の日」では、KUMAさんとの共演シーンがほとんどなかった満島さん
ゆっくり話をするのは、この日が初めてだった。
「クマ、お前はダラ幹なんだから、適当にやればいいから」
と監督に託されたKUMAさんは、その時に他の出演者たちが交わした
事前の打ち合わせを一切飛び越えて、カメラが回るや否やいきなり盃に口をつけて
乾杯の前に「あ、飲んじゃった!」
そのまま、全員がそれぞれの芝居を続け、KUMAさんは
三島の熱き防衛論も馬耳東風で、一人巻貝をほじくって美味しそうに食べ続け…。
「僕の事は、いつも容赦なく怒っていた監督だったけど
 あの時は、もう何も口も挟めない、という様子でKUMAさんの芝居見てましたね」
と、監督の横で小さくなって現場を見学していた満島さんが振り返った。
「俺はよ、役者じゃねえんだから、いいんだよ、あれで。
 監督はそんなものを俺には求めてないんだからよ。
 でも、お前さんは、ずっと怒られていたんだってね?」とKUMAさん。
監督に追いつめられて追いつめられて、人生で初めて感じた反抗心。
若松監督との出会いで引きずり出された感情を語った満島さんは
KUMAさんに、監督との出会いについて尋ねた。
「1970年代、新宿騒乱なんかが終わって少しぼやけた時代に
行き場のない若者やら小説家やら音楽家やら映画監督が
新宿ゴールデン街にはたむろしていたんだな。
そこでは、言葉で自分を主張していても、それがうまくいかないと
違う方法で触れ合う事がしょっちゅうあってな。
その触れ合いって、ちょっと痛いんだ。時々、血が出たりもするんだ。
その上、お巡りからも逃げなくちゃいけないから、忙しいんだ。
気づいたら、若松組対状況劇場で、殴り合いになったりしてネ。
若松さんとは、そういう触れ合いをしてたんだな」
場内からは、笑いが漏れる。
「そういう触れ合いに、僕はすごく憧れるんです。
 僕らの時代はメールだのネットだのが触れ合いだと思ってる。
 そんな中で、年齢もうんと上の監督と、現場で最後まで
 ケンカをやり遂げる事ができたんだと思ってます」と満島さんが語った。
「今も心のどこかで、ずっと、あの時感じた監督との瞬間を求めている。
 あの時の熱を、また得られるものだろうかと、ずっと探し求めているんです」
話題は、満島さんの彫りの深い顔立ち、父方の祖父のルーツにさかのぼり
さらには、カンヌ映画祭での出来事にまで及んだ。
「僕、前に大西さんや新さんから、
『初めての映画の現場を若松組で経験したなんて、
 お前は本当に幸せな若者だけど、同時に不幸せなやつだと思うよ』と言われたんです。
 こんな現場をデビューの時に経験してしまう事の幸せと不幸せ。
 僕はその狭間にいるように感じてます」
すると、KUMAさんが言った。
「お前さんの、ヨーロッパの血もひっくるめた特権的な肉体を持って
 若松さんから直接の圧力を受けながらやり遂げて、火がついたもの、
 その先鋭的なものを丸くしたりせず失わずにずっとやっていけば
 いつかまた、出会うんじゃないか。
 俺は、ワカマツイズムというのは、若松さんみたいなスタイルで
 映画を撮る人の事であって、若松さんといくら一緒に仕事をやって
 ワカマツイズムなんて言っても、真似できるものじゃない、
 ワカマツイズムを引き継ぐなんて、そんな事ができるわけないと思ってる。
 全てをなげうってでも、自分の怒りを映像にしていこうとする
 映画をやりたいばっかりに、サメ軟骨でも怪しいものでもなんでも売る。
 映画のためのカネだったら、なんだっていいんだ。
 そういう怒りを、なんとかして表現しようという奴が、
 今の原発だとか世の中を怒りを持って見つめている中学生くらいの子らの中から
 いつか出てくるんじゃないかと思っているんだよ。
 それこそがワカマツイズムだよ。
 きっとまた、いつか出てくるだろうと思ってるんだよ」

少なくとも、若松監督の現場で直接にその圧力を全身で体感した事。
それによって満島さんの身体に遺されたものが、いつか出会う現場で
表現の渦に巻き込まれ、立ち現れてくる時が来る。
そんな事を想像し、胸が熱くなる。
「それにしたって、あれだけ脳梗塞やら前立腺やら肺がんやらを
 やっつけてきた人が、うっかりタクシーとケンカして負けちゃうんだから
 それが、やっぱり残念なんだよな、ね」
トーク終了後、会場から拍手が。
また、最近、三島の「豊穣の海」一巻を読んで
劇場に足を運んだというお客様からも
真之介君の演技に圧倒された、素晴らしかった、との発言も。
トーク後のサイン会では、トーク前に帰ろうとして
KUMAさんに止められて話を聞いて行ってくださった青年が
「残って話を聞いて本当に良かったです!」と
パンフレットにサインを求めてくださった。
満島さんの若い輝きと、KUMAさんの行間からさまざまがにじみだす言葉。
外は風雨激しさが増し、監督のお通夜の日、
あるいは監督が逝去した夜の冷たい雨を思い出しながら
しかし、胸の内側にフツフツと暖かなものが沸き上がる夜だった。
本日は、「海燕ホテル・ブルー」との2本だて。
そして、ヒロイン片山瞳さんと、「千年」後家役の安部智凛さんの女子トーク。
「海燕」のロケ地、伊豆大島は昨夜の台風で大きな被害を受けたとの事。
2年半前のロケを思い出しつつ、被害に遭われた方にお見舞い申し上げます。
そして、明日はいよいよ監督の一周忌のその日です。
下高井戸シネマでは「千年の愉楽」「近作メイキング」上映。
ジム・オルークさん、渚ようこさん、中村瑞希さんのライブ。
そして、トークに満島真之介さんの飛び入り参加が決まりました!
トーク:井浦新さん、大西信満さん、満島真之介さん、辻智彦さん(カメラマン)
さらに、ポレポレ東中野では監督のデビュー作「甘い罠」上映と
下高井戸シネマと同じラインナップによるライブ・トークを行います。
長い夜を過ごしたいと思います。
ぜひ、劇場に足をお運びください。

2013年10月15日火曜日

若松監督に再会するディープな一週間、続行中。

若松孝二追悼”時代を撃ち続けた男、人生最後の5本”特集として
「千年の愉楽」と近作2本だて続行中の下高井戸シネマ。
13日(日)は『キャタピラー』との2本立て。
上映後には、若松監督の熱烈ラブコールに応えて
近作2本の主演を果たした女優、寺島しのぶさんが、
共演者の大西信満さん、カメラマン辻智彦さんとともにトークに登壇した。

「下高井戸シネマは初めてですが、監督ゆかりの劇場と聞いて
 足を運ばせて頂きました。私の中では、1年前から時が止まっているようですが…」
と寺島さんが冒頭の挨拶を述べ、大西さんも
「ここは、監督と何度も一緒に足を運んだ思い出のある劇場です」と
しんみりとトークが始まった……と思いきや、
「(カメラマン)辻さんがどうしても監督の作品をやりたくて、
 一杯も飲まずに朝まで飲み屋につきあって監督を落とした」
というエピソードが、実は監督の調子のよい思い込みだった事が判明し
「劇映画もやった事のない僕には思いも寄らない事で
 監督はドキュメンタリーのカメラマンを探していたみたいで
 いきなり『お前、やれ』と。嬉しかったですが、それはびっくりしましたよ」と。
さらには、レバノンで監督とともに拘束された当時のエピソードまで飛び出した。
「最初は強気でいたけれども、手錠を外され、靴ひもを取れ、と言われた時は、
 一気に元気がなくなり、しょぼーんとしてました。
 拘置所経験のある監督は、紐を取れ、という事が
 何を意味するか(ブタ箱の中で自殺しないように、という意味)分かったんですね」
当時は、監督から「入院したから、チョンジュ映画祭には一人で行ってくれ」
と連絡をもらって一人韓国入りしていた大西さんは
ヤフーニュースで「若松孝二レバノンで拘束」というニュースを見て
びっくり仰天したという。
笑いとともに次から次へと飛び出すエピソード。
『キャタピラー』では、錯乱状態になった久蔵が頭を畳にうちつけて
血まみれになるシーンがある。
あの血は、じつは仕込みではなく、大西さん自身の流血である。
芝居の中で、自分の頭を激しく打ち付け、頭が割れてしまったのだ。
若松組らしい、あの時のエピソードにも花が咲いた。
カット割りもしない、仕込みをするそぶりもない。
でも、ト書きには、血まみれの久蔵と書いてある。
どうしよう…と思い悩んだ末の大西さんの身体を張った演技であったが、
カットがかかった瞬間、寺島さんが大西さんを叱りつけたという。
「私もあの時、どこかハイテンションになって、尋常じゃなくなっていたから
 大西君を怒ったなんて、覚えていない。
 でも、血がどんどん出てくるし、監督はカットかけないでずっと回しているし
 もう、どうしようどうしようって…」
最後は頭の傷をホチキスで簡易止めしてクランクアップまで耐えた大西さん。
実は『実録・連合赤軍』の現場でも最終日に足首をひどく捻挫して病院に運ばれた。
その時、監督が怒ったのは、自分の身体を心配してではなく
「保険の掛け金が次回から上がっちゃうだろ!って(笑)」
カネに厳しい若松監督だったが、監督として作品を引き受けるのみならず
「自由に自分で表現を続けるためには、カネが必要だ、という事。
 ものをつくる、という事において、その部分は見えづらいけれども
 その見えづらい部分でも闘っている人だったと思う」と
辻さんが監督の事を振り返った。
寺島さんも「和やかな『キャタピラー』の打ち上げの時に
ホテル代が高いって、いきなり制作の人を怒りだした若松監督。
普通、俳優の前では言わないような事だけど、
私がそこにいる事すら気づかないほど必死なんです。
あの瞬間の監督は、もうプロデューサーですよね。
ものをつくるって、こういう事なんだなあって思いました」
「実は、あれを見て制作の人を気の毒に思ったホテル側が
 少し値引きしてくれたんですよ。
 だから、監督、半分本気、半分はホテル向けの芝居だったかも」(辻さん)
語り始めると、話は尽きない。
どこまでもお茶目で我がままでふざけながら本気になって
いつも作品づくりの事ばかり考えていた若松監督。
そして同じ日、函館では、
赤煉瓦倉庫のスクリーンでも『千年の愉楽』追悼上映が。
ゲストの篠原勝之さんが、若松監督との北海道の旅の事、
映画の事、ものづくりの事、作品の事、飲み屋の事
なんと一日に4回ものトークに立ってくださっていた。
そして本日の下高井戸シネマ。
「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」との2本だて。
トークゲストは、森田必勝を演じた満島真之介さんと
自衛隊の富士学校校長を演じた篠原勝之さん。
毎回、毎回、出色のトークが繰り広げられる。
本日は、どのようなエピソードが飛び出すか。
悪天候になりそうですが、どうぞぜひ、劇場に足をお運びください。
若松監督の葬儀の時。
思えば、お通夜の日は午後から雷鳴轟く嵐の日だった。
あれから、1年なのである。

2013年10月13日日曜日

下高井戸シネマにて追悼上映スタート!

10月12日(土)下高井戸シネマにて
特集 若松孝二監督一周忌特別企画
"時代を撃ち続けた表現者 人生最後の5本"
「千年の愉楽」と近作の二本立て上映がスタートした。

初日の昨夜は「海燕ホテル・ブルー」との2本だて。
「海燕」のヒロインかつ「千年」で遊女蘭子を演じた片山瞳さん、
「海燕」で仲間を裏切った過去を持つ男を演じたウダタカキさん、
「千年の愉楽」で後家の初枝を演じた安部智凛さんの3名が
上映後トークを行った。

実はウダさんと安部さんは、「実録・連合赤軍」で
内縁上の夫婦、吉野雅邦さんと金子みちよさんを演じている事もあり
気心の知れた同志との再会、事前の打ち合わせも何もせず
いきなり壇上にて、3人のトークセッションがスタートした。

「海燕」ではヒロインとしてとても大切に扱われたという片山さん
一方、初の若松組の現場で、撮影初日から怒られ続けて
役を降ろされるのではないか、と追いつめられたという安部さん。
ウダさんも、女優2人から若松監督のエピソードや印象を引き出そうと
質問を重ねつつ、自身の体験を語った。
次第に会話は、いかに現場での監督が理不尽だったかというエピソードに花が咲く。

監督の意見に沿って使っていた衣装や髪型や小道具について
2ヶ月以上に及ぶロケの後、クランクアップ直前になって
「かっこつけてこんな色の服着やがって!」
「なんだ、こんな坊ちゃん刈りしやがって!」
「眼鏡でお前の目が見えねえんだよ!なんで眼鏡なんかしてんだよ!」

「ああいうのが、僕は本当にいやだった!」と苦笑しつつ、ウダさんは
「レンセキも三島も、作品となったものを見た時に
 青春映画になっている事を感じて、ものすごい違和感が残ったんです。
 この事を、青春の物語にしてしまっていいのか、と。
 僕自身の中に、それは未だに解消できないものとして残されている。
 それでも、監督は結局、常に、お前らはそれでいいんだ、という事を
 言い続けていたんじゃないか、と。善とか悪とか関係なくて、
 お前らがそれをやりたいと思ったんだったら、それでいいんだ、と
 若い奴らの全面的な理解者であろうとしたんじゃないかと思った」と語った。

「そういう一面もあるし、『海燕』や『千年』では
 監督は母性的なもの、女性へのあこがれや優しさを全面的に描いていて
 それも若松監督だったと思う」と片山さん。
「男だったな、と思うんです。若松さんは。
 理不尽さも含めて、ほおっておけなくなるような男の人でした。
 昨年の釜山映画祭を監督と共に行って、それから1週間後にいなくなってしまった。
 今年も釜山映画祭は、あの時の監督との時間をたどる旅でした」

人生を賭ける程の意気込みで「実録・連合赤軍」から
若松作品に挑み続けて来た安部さんは
監督の死後、その事を乗り越えられずにもがいていた時
共演者から「お前、今は辛くてたまらないだろうけれども
3年は続けろ、それが、若松監督への仁義じゃないか」といわれ
今、自分が投げ出してしまったら若松監督から学んだ事は無になる
それであれば、役者を今は続けて行くべきだと決意した事を明かした。

お客さんになんとか楽しんでもらおうと
3者3様に頑張ったトークは、臨場感たっぷり
聞き手も語り手と一体になってハラハラしたり泣き笑いしたり
あっという間の50分だった。



若松監督がこの場にいたら、決して口からは語られる事のなかった
エピソードの数々が飛び出した。
理不尽で、かんしゃく持ちで、でも、美味しいものを作って食べさせたり
みんなの喜ぶ顔を見るのが大好きだった監督。
思い出す事は美しい話ばかりではない。
笑い話、腹が立った現場でのあの瞬間この瞬間。

それでも、残した作品、私たち一人一人に突きつけた監督の思い
それらを、スクリーンを通して、あるいは作品を共有した人との再会を通して
若松孝二は、昨夜も確かに、あの場にいた。

本日は「キャタピラー」との二本立て。
寺島しのぶさん、大西信満さん、カメラマン辻智彦さんのトークです。
15時20分〜上映スタート。
劇場にて、お待ちしております。

また、本日は函館映画祭主催「若松孝二追悼上映」
赤煉瓦倉庫にて上映中。
トークゲストは若松監督の盟友で北海道出身の
鉄のゲージツ家KUMAさんこと篠原勝之さん。
先ほど、無事、一回目の上映トーク終了しました。
本日、合計4回上映予定です。

若松孝二という人を世界が喪って1年。
若松孝二に託された最後の現場、というような思いを抱え
それぞれの地で一周忌追悼上映が行われています。

2013年9月20日金曜日

10月17日、若松孝二一周忌

10月17日、若松孝二一周忌


10月17日は、下高井戸シネマにて
「千年の愉楽」「メイキング」上映とライブとトーク。
そして、ポレポレ東中野にて、
若松孝二デビュー作「甘い罠」上映とライブとトーク。
どちらの劇場も、ライブとトークは同じゲスト。
ライブは、ジム・オルークさん、渚ようこさん、中村瑞希さん。
トークは、井浦新さん、大西信満さん、辻智彦さん。
ポレポレ東中野のチラシが出来上がった。

若松監督デビュー作「甘い罠」
これまで、「俺が唯一、一人でホンも書いて作った作品だよ。
お巡り殺したら、これが学生たちから大受けで…」と
話にはよく聞いていたけれど、観る機会はなかった。
技術スタッフの方がうんとベテランだから
自分でカットを100枚切り抜いて作ったクラップブックを手に
「次はこのカットでお願いします」って頭を下げながらやったと言っていた。
最初の一歩から、気が遠くなるような小さな一歩一歩を重ね続けて
毀誉褒貶はげしくとも何のそので、作品を作って来たのだなあと思う。
監督の背中が遠いなあと思ってたら、気づくと真横でゆっくり歩いていたり
時々、背後で子どものように遊んでいたりしていたなと思う。
それが、若松孝二の歩んで来た道だったんだなと思う。
これから10月に入ると、文芸坐でのオールナイトや
函館での追悼上映や、名古屋、大阪での上映などが続く。
あっという間に一周忌である。
監督の最後の最後の打ち上げ花火を、きれいにあげて見送ろう。

2013年9月13日金曜日

釜山の地に若松孝二のてのひら

釜山映画祭の季節がやってきた。
昨年、釜山映画祭の開会式の現場から
「ものすっごい大きい規模の映画祭だよ、驚いたよ!」と
監督が興奮した声で電話をかけてきた。
映画祭の最中に監督が手形を押すセレモニーもあり
「11.25自決の日」「海燕ホテル・ブルー」「千年の愉楽」特別上映もあり
マスターズクラスの講演会もあった。

あの時の監督の手形を、葬儀に間に合うように釜山映画祭の方が
持って来てくださったので、青山斎場の一角に置かせて頂いたのだった。
そして、来たる10月2日に釜山国際映画祭広場にその手形が設置されるという。
日々は流れていき、最後の新作の公開も一区切りし
若松孝二という存在は、
関わった一人一人の歴史の中に刻まれた存在として
それぞれに歩み始めた感がある。
10月17日は、若松監督の一周忌である。
その前後に、様々な追悼上映が各地で企画されている。
その一つが、監督が昨年行くはずで、交通事故のために
井浦さんのみの参加となってしまった”函館映画祭”主催の上映会。
10月13日に「千年の愉楽」を終日上映し、ゲストによるトークやサイン会を行う。
■日時:10月13日(日) ①10:00 ②13:00 ③16:00 ④19:00
■会場:金森赤レンガ倉庫金森ホール(函館市末広町14-12)
■料金:一般前売 1,000円 (当日1,300円) 前売学生 800円 (当日1,000円)
高校生以下 500円
10月12日から一週間は、下高井戸シネマにて
「千年の愉楽」と、下記日替わり近作の二本立て上映も。
日替わりで、様々なゲストが来てくださる予定。
(ゲストはまだまだ増える予定!)
10月12日「海燕ホテル・ブルー」ゲスト:片山瞳さん、ウダタカキさん、安部智凛さん(予定)
10月13日「キャタピラー」ゲスト:寺島しのぶさん、大西信満さん、辻智彦さん(キャメラマン)
10月14日「実録・連合赤軍」(トークなし)
10月15日「11.25自決の日」ゲスト:篠原勝之さん
10月16日「海燕ホテル・ブルー」ゲスト:片山瞳さん、ウダタカキさん、安部智凛さん(予定)
10月17日「メイキング」ゲスト:井浦新さん、大西信満さん、辻智彦さん 
     「ライブ」ジム・オルークさん、渚ようこさん、中村瑞希さん
10月18日「連合赤軍」と「11.25自決の日」の二本立て ※「千年の愉楽」は17日までです。(トークなし)
命日の17日には「メイキング」上映と
3人のアーティストのライブと若松組2人のトークと盛りだくさん。
さらにその日は、ポレポレ東中野にてレイトイベントとして、
21時10分〜若松監督デビュー作「甘い罠」上映と
下高井戸シネマに引き続いての
ジムさん、渚さん、中村さんミニライブ、井浦さん大西さんミニトークも企画。
続く18日は名古屋シネマスコーレにて、19日は大阪第七藝術劇場にて、
それぞれ「千年の愉楽」「連合赤軍」「キャタピラー」
「11.25自決の日」「海燕」などを上映し、
井浦さんと大西さんがトークにかけつけてくださる。
この1年を言葉にするのは、なかなか難しい事であるが
それぞれが監督を偲びつつ、それぞれの現場で走って来た1年を経て
若松孝二デビュー作を見ながら、スクリーンでなにものかに出会えるような
そんなイベントにできたらと願っている。
各イベントについて、
改めて詳細を告知していく予定です。

2013年8月19日月曜日

満席の新・文芸坐、熱気と言葉と

17日(土)、ギラギラと真夏の太陽が照りつける池袋。
「終戦の日によせて 社会派・反戦映画特集」が組まれた新・文芸坐にて
「実録・連合赤軍」と「11.25自決の日」二本立て上映が終日行われました。
15時20分、『実録・連合赤軍』上映後、トークイベント開始。
坂東國男を演じた大西信満さんと『11.25自決の日』で
森田必勝を演じた満島真之介さんが壇上へ。
この2人のタッグは久しぶりです。
2人とも、映画やドラマなど、様々な現場で忙しく活躍している中
久しぶりの若松作品の現場へと、駆けつけてくれたのでした。

「僕は沖縄出身で、同年代の人たちの中では、
 恐らく、戦争について考えていた方だったと思うけれども
 それでも、年々、年を重ねるにつれて、自分の中で腑に落ちて行くものがある。
 今こそ、若松監督と話をしたいと思うけれども、かなわない思い。
 そうであるならば、若松監督の思いを体現したものとして
 自分が語って行こうと思っています」と冒頭に満島さん。
森田必勝として生きた若松組の現場を語るのは久しぶりだといいます。
「若松監督は、森田役にはこだわり続けて、ずっといろんな人と会っていたよね。
 そんな中で、舞台経験しかない真之介を一目見て決めたのは、
 未知数ながら、きっと彼の中にあるまっすぐさ、ひたむきさを感じ取ったのでは」と
『11.25自決の日』で倉持清役を演じながら、
 現場で満島さんを支えていた大西さんが語りました。
「何やっても、お前怒られてたもんな」
「そうですね。
 私服のまま朝食を食べてたら『なんで衣装着てないんだ!たるんでるぞ!』と怒られ
 翌朝、しっかり制服着て食べてたら『なに衣装着てメシ食ってるんだ!
 チャラチャラしやがって!』と(笑)」
それは、若松監督の計算ずくの演出だったと大西さんが語りました。
「人のいい真之介をぶちこわして、殺気立った目を引き出す。
 人間の芯の部分をむき出しにする。連合赤軍の時もそうだった。
 俺だけなぜか吊るし上げ状態。日々総括。
 監督が坂東さんに直接とある場所で会って話を聞いているんですね。
 その思いが強くあるからこそ、より演者に強いエネルギーで向かってくる」
満島さんは、『11.25自決の日』の現場に入る前、若松作品と出会った。
「早稲田松竹で『レンセキ』と『キャタピラー』二本立て観てたんです。
 うわー、生半可な気持ちでは、ここには追いつけない!と思った。
 連赤の現場がうらやましくもあり、あの場にいなくて良かった、とも思った」
人間が人間に対峙する。
「演出家」と「演者」を越えた火花が飛び散る。
そんな若松組の現場の空気が思い出されるトークでした。
会場からは「森田と三島の関係、師弟を越えた、エロティックな部分など
映像から少し読み取れるところもあったが、監督の演出は?」といった質問も。
「その部分については、若松監督も言及していたけれども
 『俺には、その事はどうでもいいんだよ、あってもなくても、関係ないんだよ』と
 描きたい部分は、『何かを変えたい』という思いの部分なんだ、という
 監督の強い決意がありました」と満島さんが答えた。
また、戦中に次男として生まれたというある男性は
「自分の名前は、天皇のために立派に死ぬ、という親の願いを込めて
 付けられました。長男は死んだら困るけど、次男はお国のために、という。
 そういう時代があったのです」と発言してくださいました。
大西さんは「右とか左とかではなく、監督は、
何かに挑んだ若者たちの存在を単なる犯罪とかテロのようなものとして
歴史の暗部に押し込める事への強い憤りがあった。
その存在を描くのが、目撃者としての自分の使命だと思ってたと思う。
肉体は滅んでも、作品は残すのだという強い決意だった」と語り
あっという間の40分のトークは終了しました。
今、下北沢トリウッドにて、若松監督が戦争を描いた2作
『裸の影 恐るべき遺産』『キャタピラー』が上映中です。
戦後68年目の夏、若松監督のスクリーンでの吠え声は
今も私たちの耳に響き続けます。

2013年8月17日土曜日

ポレポレ東中野が満員になった夜

昨夜、ポレポレ東中野にて一夜限りに
『裸の影 恐るべき遺産』上映。
上映後には塚本晋也監督のトークが行われる事もあって
きれいに満席となった場内でした。



新作始動で超多忙の中、駆けつけてくださった塚本監督、
「恐ろしい戦争を正攻法に描きながらも、可愛らしいというか
 ああ、好きなんだな、というような、若松監督らしさが
 どうまじめに撮ってもにじみ出てくるような感じがあって
 いいんだ、にじみ出てきちゃって、これでいいんだって
 勇気をもらえましたね」と作品についての印象を語りました。
ちょっとしたアングルの遊び心、お客さんへのサービス心、
いろいろちりばめつつも、正攻法に初々しく描きながら
やっぱり根底には、戦争の理不尽さへの怒り。

常に怒りが原動力となっていた若松監督らしさは
塚本監督が、若松監督や深作監督、崔監督らとともに中国の映画学校に
文化交流に行ったエピソードの中にも。
中国当局を交えての親睦会の場でも、持論をぶち上げ、
トラブルで『鉄男』が上映できなくなった時には
親分肌を発揮する若松監督なのでした。

塚本監督と若松監督は、作風は全く異なるけれども
「塚本君は玩具の中で遊んでいるみたいなんだよな」と
若松監督が一目置いていた塚本作品の魅力。
「自分の中で、何かムズムズする事があると
 それをメモしておく、というのはありますが、
 そこに、その時代なり社会の状況なりが重ならないと
 なかなか水面下から出てこない、というのがあって。
 それが、ある状況になった時に、ムズムズが映像になっていく」
と自らの作品の源流について塚本監督が語りました。

そして、これまでは自らの頭の中ばかりを突ついて突ついて映像を作ってきたけれど
この人の頭の中を描いてみたい、と塚本監督に思わしめた存在が
Coccoさん、そして生まれたのが「KOTOKO」であった事、
子どもを守らねばならない母親の精神を描きつつ、
折しも起きた震災と原発事故が時代背景となって
見る人に、さらに深い問いを突きつけてくる。
…というような作品を撮り終えた塚本監督が、次に向かうのは?
と、新作について、会場から質問が出ました。
これまでの作品をつくりながらも、内側に温めてた思い
時代状況への危機感も含めて、塚本監督の控えめな言葉の中に
次回作への強い思いが語られました。

若松監督と塚本監督はかつてラジオの対談の中で
若松「俺たちはさ、BOX東中野(ポレポレの前身)に来てくれるような
お客さんを相手に映画を作って行きたいよな」
塚本「映画はぶきっちょに、好きな人は少なくてもいいから
 その人たちだけムチャクチャ好きでいてもらえるようなのをつくりたい」
と語っていたのですが、
その劇場にて、若松監督の初期作品をお客さんとともに観て
若松監督や映画について塚本監督に語って頂く時間を持てた事、
何よりも、終戦記念日の翌日に、「戦争」を描いた作品を通して
再び若松監督に邂逅できた事に、巡り合わせを感じたイベントでした。

作品は、次々と生まれ、そして生まれると、ずっと残っていきます。
「表現に時効はないんだよ」と語り、
「映画は俺の玩具なんだよ」と語った若松監督、
「玩具ったって、こっちは命がけで遊んでんだよ」とも。

本日は、新・文芸坐にて「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」と
「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」の二本立てが続いてます。
15時20分からは、大西信満さんと満島真之介さんがトークに駆けつけます。

2013年8月14日水曜日

金曜はポレポレ、土曜は新・文芸坐にて!


お盆です。
若松監督の新盆です。
「あまちゃん」で音楽を担当されている大友良英さんが
ウェブ媒体でのロングインタビューで
「いま、表現をする事」について語ってました。
http://blogos.com/article/67859/?axis=&p=4
(以下一部抜粋)
>それは現実をごまかすようなことじゃなくて、
>ちゃんと目を開きながら厳しい現実を生き抜いていけるような、
>強い批評的な力も持ちながら、でも決して
>「ご立派なこと」にはならないようななにかじゃなくちゃ…(以下略)
大友さんといえば、ジム・オルークさんとともに
何度も、「実録・連合赤軍」オールナイトイベントに
ライブ出演してくださったのですが、
今や、「あまちゃん」によって、お茶の間にも愛される音楽家です。
たくさんの空洞を抱えながら、表現は続いていくのだと
猛暑のコンクリートジャングルの中で、思うのです。
今週末、「追悼を越えて」ゆくイベント相次ぎます。
「若松孝二と時代の表現者たち vol.3」
8月16日(金)19時スタート 1500円均一
ポレポレ東中野にて(東京都中野区東中野4丁目4−1)
「恐るべき遺産 裸の影」上映と塚本晋也監督によるトーク

監督デビューからわずか1年後の1964年に作成した
若松監督の初期社会派作品。
「原爆の事をやりたかったんだけど、高校生たちがすっぽんぽんになったって
 そんな関係ない事で騒がれたんだよ」と、監督からよく話には聞いていたけれど
長年観る機会のなかった作品が、このたび、デジタル化によって上映可能に。
原爆症に悩む少女の姿から、戦後の日本を描き出します。

理屈ではなく、直感で、テーマに突っ込んで行った若松監督。
方や、こだわりの映像表現でファンを魅了し続ける塚本晋也監督。

作品をつくらずにはいられない自分の事を
若松監督はよく「玩具が欲しくてだだをこねる子どもと同じ」と語り、
そして、「塚本君も、自分の玩具の中で楽しそうに遊んでいるね」と語っていましたが
そんな2人のコラボレーションを、若松監督の新盆に実現できる事が嬉しいのです。
どんなお話が飛び出すでしょう。

そして、翌17日には、池袋の新・文芸坐にて。
8月17日(土)新文芸坐にて
終戦の日によせて 反戦・社会派映画特集 
一般1300円/学生1200円/シニア1000円/ラスト1本800円
http://www.shin-bungeiza.com/program.html#d0815
「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」
「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」二本立て上映。
15時20分〜 大西信満さん(「実録・連合赤軍」坂東國男役/「11.25」倉持清役)
       満島真之介さん(「11.25自決の日」森田必勝役)
トークイベントを行います。

 
若松組のこのお2人が揃っての登壇は久しぶりです。
あの、暑かった2年前のロケを思い出します。
疾走する若松監督の熱と毒に耐えて耐えて耐え続けて生まれた森田必勝を。

大変濃い2本立てですが、敗戦の日によせて、という特集プログラムの中の1日です。
ぜひ、新・文芸坐にお越し下さい。

2013年8月7日水曜日

歴史と映画と情熱

8月6日、原爆の日。
日比谷図書文化会館の大ホールにて
第二回新藤兼人映画祭が行われた。
新藤兼人監督の「原爆の子」と遺作となった「一枚のハガキ」
そして若松孝二監督の「恐るべき遺産 裸の影」と「キャタピラー」上映。
「キャタピラー」上映後に、主演の大西信満さん、社会学者の宮台真司さん
共同通信社の編集委員の立花珠樹さん、若松プロスタッフとして大友麻子が
トークをさせていただいた。
この企画、2年前に新藤兼人監督の「原爆の子」を観て衝撃を受けたという
御手洗志帆さんが、新藤兼人監督100歳のお祝いの映画祭を準備していた昨年
新藤監督は遺作「一枚のハガキ」を遺して逝去。
お祝いの会は、急遽、追悼映画祭に切り替わったという。
喪失感の中にあった御手洗さんは、「11.25自決の日」の劇場での
「社会問題と闘い続けた新藤さんは、唯一尊敬する監督だった」という
若松監督の言葉と出会う。
その若松監督も昨秋に交通事故で逝去。
しかし、御手洗さんは、今年も第二回映画祭を原爆の日に敢行。
「俺が死んでも作品は残る」が口癖の若松監督。
「まさに、若松さんの思いが貫徹されましたね」と宮台さんがトークで語った。
「若松監督が『キャタピラー』で言いたかった事はただ一つ。
 見たくないものは見たくない、それは誰もが同じ事。
 しかし、それでよいのか、と。恥を知れ、という事でしょう。
 この社会はクソだ、というのが、かつての若松作品でした。
 しかし、奇跡的にガンから生還して以降の若松さんは
 社会はなぜクソになったのか、という事を徹底してこだわっておられた」
共同通信社編集委員の立花珠樹さんは、まさに団塊の世代。
大学時代に、大学新聞に「新宿マッド」の書評を書いた事があったという。
また、若松作品の「シンガポールスリング」のロケーションにも同行。
若松作品の現場の作り方などを見て来た上で
「若松さんは、言葉より行動の人だったと思う。
 僕らに、言葉で作品を語るよりも、俺がやる事を見ていろ、という人だった」
と語った。
「実録・連合赤軍」以降、若松作品をともに作り上げて来た大西信満さんは
「8月6日、平日昼間。興行的に考えればあり得ない状況でも
 この日にこだわって、こうして作品を世の中に訴え続けて行こうという
 まさに、若松監督が強く望んでいた事がカタチになった。
 迷いなく参加を決めました」と述べ、
キャタピラーの撮影現場での監督の演出についてなど語った。
場内からは、「なぜ、芋虫でなくキャタピラーなのか」
「昨今の政治状況、首相や麻生氏らの発言をどう思うか」
「昨年の熊野大学で、若松監督は次回作の事を考えてるといっていた。
 どんな構想があったのか」
「若松監督との関係の中で、特に残っている言葉は」といった質問も。
静かに、しかし作品や言葉に真摯に向き合おうとする
観客もゲストも主催者も一体になったようなイベントの空間は
間違いなく、若い御手洗志帆さんの情熱が作り上げたものだと実感した。
第三回、第四回と、毎年8月6日に、この映画祭は続いて行く事だろう。
そして、作品は永遠にスクリーンの上で新たな邂逅を続けて行く。
8月16日は、ポレポレ東中野にて「恐るべき遺産 裸の影」上映と
塚本晋也監督をお招きしてのトーク。
8月17日は、新文芸坐にて「実録・連合赤軍」「11.25自決の日」上映と
大西信満さん、満島真之介さんのトーク。
8月15日、敗戦の日を前に、終わらない戦後の諸々が全国各地で噴き出している。
「戦死者を悼むのは当然」
「憲法を騒乱の中でなく変えて行こう」
為政者たちの仰天発言が相次ぐ中、日本は暑い暑い68年目の敗戦日を迎える。

2013年7月29日月曜日

時代の表現者たちvol.3は塚本晋也監督と!

若松孝二 追悼を越えて
7月24日、テアトル梅田にて「時代の表現者たち」vol.2を開催。
若松監督の1960年代の旧作「欲望の血がしたたる」を上映、
林海象監督と福岡芳穂監督のトークが行われました。

若松孝二異色のサスペンスが描き出すもう一つの1960年代。
緻密に計算された構成に、意外!面白い!といった声も。
続くトークでは、若松プロの内情を元若松プロの福岡監督が赤裸々に語り
「実録・連合赤軍」のロケでも川崎のスタジオ提供など
全面的に協力してくださった林海象監督も、若松孝二の強引っぷりを
笑いとともに語ってくださいました。
ああ、あるある!と思わず吹き出すエピソードに事欠かない若松監督。
思い出すと出てくるのは涙ではなく笑い。
とはいえ、やっぱり、1つの時代が終わったのだと
折に触れて思うのです。

今の政治、改憲への足音、自民党の不思議な勝ち方、
原発事故の惨憺たる状況と再稼働への不思議なうねり。
しかし一方で、鮮明になっていく抵抗の軸足。
まだかろうじて踏ん張る事ができる。
若松節が聞こえてきそうです。
「怒る時は怒るんだよ。いやなものはいやと言うんだよ」

そのノイズが次なる作品を生み出す原動力になります。
林監督の新作『弥勒MIROKU』も関西を皮切りに
公開が始まっています。
生オーケストラ演奏などの実験的な試みも展開中です。
福岡監督の新作『正しく生きる』は来年公開予定だそうです。


そして今年も敗戦記念日がやってきます。
敗戦記念日の翌日、8月16日に、
追悼を越えて 時代の表現者たちvol.03を行います!



若松孝二が描くもう一つの戦争の姿。
「裸の影/恐るべき遺産」は、原爆症の少女の戦後を描いたが
女子高生たちの入浴シーンが大スキャンダルとなり
作品のテーマと関係ないところで大バッシングを受けました。
フィルムセンターから奇跡的に発掘された、この1本を上映します。
戦争と映画。
上映後には、現在新作に取り組んでおられる塚本晋也監督をお招きして
若松孝二について、あるいは映画という表現について、時代について
たっぷり語って頂く予定です。

BOX東中野の時代から、特集上映を行うなど、
塚本監督とも若松監督とも縁の深いポレポレ東中野にて、
8月16日という日にこうしたイベントが行える事。

追悼を越えて、私たちは歩いているのだと実感しつつ
一人でも多くのお客さまに足を運んで頂けることを願っています。

2013年7月3日水曜日

若松孝二と時代の表現者たちvol.2梅田にて決定!林海象さんらと「欲望の血がしたたる」上映!

若松孝二と時代の表現者たちvol.2梅田にて決定!林海象さんらと「欲望の血がしたたる」上映!


夏が近づいて来た。
昨年は初夏にカンヌ、晩夏にベネチアだった。
思えば、一昨年に3本撮影し、昨年にいくつもの映画祭を周り
それはそれは慌ただしかった。
時代を駆け抜けた表現者の魂は
いくつものプリントの中に残っている。
「若松孝二と時代の表現者たち〜追悼を超えて」イベント続きます。
Vol.2はテアトル梅田にて!

日時:7月24日(水)20:50スタート
場所:テアトル梅田
若松孝二1965年の作品「欲望の血がしたたる」を上映します。
フィルムセンターから奇跡的に発掘された1本。
今回、デジタル化しての貴重なスクリーン上映です。
ヒッチコックばりの演出が炸裂する若松孝二異色のサスペンス。
若松孝二が切り裂く、もう一つの1960年代。
トークには、林海象監督と若松組出身の福岡芳穂監督が登場。
作品と若松孝二を、縦横無尽に語り尽くします。

2013年6月24日月曜日

沖縄桜坂劇場「千年の愉楽」初日レポート!その2

10:00の上映終了後、御登壇されたお二人は、12:00の合図を待って、観客の皆様とご一緒に、沖縄戦の戦没者の方々へ黙祷を捧げらました。
「この日の沖縄に、若松監督の映画と一緒に来られた事を感慨深く思う」「大切な日に、この作品の上映に足を運んでいただき嬉しい」とごあいさつ。前日とは違う、おごそかな空気の中舞台あいさつがスタートしました。
更にこの日は、運命的な出来事が重なりました。なんと、『千年の愉楽』の音楽を担当されたハシケンさんが沖縄入りされていたのです。井浦さん、高岡さんとは初対面ながら、飛び入り参加をご快諾くださり、奇跡の舞台あいさつが実現しました。


エンディングテーマ『ばんばい』の歌詞が監督から届いた際、ハシケンさんは、歌詞を読んだ途端、曲が浮かんだのだそうです。出来上がった曲を聞いた監督も、一発OKだったのだとか。
監督が、どのように映画と音楽を結びつけてきたのかを、全然知らなかった、という井浦さんと高岡さんは、お客様と同様にハシケンさんの御登壇を喜ばれ、ハシケンさんのお話に耳をかたむけていました。
「奄美の曲なのに、遠く離れた土地、三重の路地の風景に、不思議なぐらい、風や空気と同じようにとけ込んでいた。曲を聞くと、路地の階段をトントントンと 登る風景が目の前に広がるよう。」と井浦さん。「三好が命を断つシーンの撮影のとき、スタンバイ中、監督が奄美の曲をずっとかけていてくれた。聞いている うちに気持ちよくなり、いつの間にか、気を失っていた。気づいたら撮影が終わっていた」と高岡さん。三好が乗り移っていたのかもしれないですね。
あまり知らない、若松監督と音楽との関係を覗き観た、ステキな舞台あいさつでした。




2回目の上映終了後、ハシケンさんも続けて御登壇いただきました。音楽のお話はもちろん、ハシケンさんからの映画への感想や、お二方の登場シーンを観ての感想、お互いへの質問等、トークは大変盛り上がりました。




そして、井浦さん、高岡さん、ハシケンさんを沖縄へお迎えしての濃密な3日間。最後の最後に信じられない出来事が待っていました。間もなく東京へ帰られる 井浦さんと高岡さん、そしてお客様へ向け、ハシケンさんからの曲のプレゼント、というスーパーサプライズ。奄美民謡の面影が漂う美しいメロディーにのせ、 強くて優しい島の姿を歌った名曲『美しい島(くに)』( http://www.youtube.com/watch?v=c7uz_Iy_Y-c )をアコースティックギターで弾語りしてくださったのです。
先程までの楽しい空気が一変。会場中が美しい音楽に酔いしれ、うっすらと涙を浮かべる方の姿も。井浦さんと高岡さんも、客席で、ご堪能されました。

最後はお三方揃って、名残を惜しみながら最後のサイン会。最後まで変わらずご丁寧な対応に、皆さん感激されていました。


 



『キャタピラー』の完成後、若松監督から桜坂劇場に突然電話がかかってきました。「映画ができたから、プリント(35mmフィルム)を送っといた。 沖縄で最初にやっていいから、観といて。」と。約束通り監督は、慰霊の日に合わせ、来沖、『キャタピラー』は全国に先駆け、沖縄で先行上映をさせていただ きました。
あれから3年。監督の思いを受け継ぐ井浦さん、高岡さんが、慰霊の日の沖縄にいらっしゃったことに、運命を感じます。
ここ数年、沖縄は、若松監督と共に夏を迎えています。今年も、本格的な夏がスタートしました。

沖縄桜坂劇場「千年の愉楽」初日レポート!その1

まない拍手の中、続いて井浦新さんが登場。
興奮絶頂の中、高岡さんから、にこやかに「めんそーれー」と、沖縄の方言でごあいさつ。客席が一気におだやかな空気になりました。
ごあいさつの後は、早速質疑応答タイム。お二人の美しい瞳に見つめられ、緊張し、恥じらいながらも、皆さん、一生懸命質問し、感想を伝えてくださいました。

『出演されたきっかけは?』
『美しく生まれてしまったことでのご苦労は?』
『ご自身が演じた役について、井浦さんは彦之助を、高岡さんは三好を、それぞれどう感じますか?』
『若松監督の映画に、いつも強さと怖さを感じていて、気を張って観ていた。でも、今回は強さはあるけれど、おだやかに観られた。』
『三好は自分で命を断った。他の人とは少し違う。この血を断ち切りたかったのではないか、と感じた』

等等。
お二人とも、とても丁寧に答えられ、充実した舞台あいさつは、40分近く続きました。
「高岡くん、三好、すきでしょ。楽しく演じてるな、と思って見てた」と井浦さん。高岡さんは、「高岡君の好きにしていいよ」と監督に言われ、「“言った な~。よっしゃ~、やってやる!”と思った」のだとか。もともと、おことわりするつもりで台本を読まれた高岡さんは、三好にご自身が重なったのだそうで す。「他の誰かにこの役をゆずるよりは、お話をいただいた自分がやりたい」と思い、出演を決意されたのだそう。井浦さんは、物語の始まりともいえる大切な シーンの撮影を前に、監督から『このシーンがどれだけ大事か分かってるだろうな』と、かなりのプレッシャーをかけられたのだそうです。見事に、監督の期待 に応えたお二人。お話を伺い、『もう一度観たいと思った』という感想も多く寄せられました。

舞台あいさつの後は、若松組のお約束、大サイン大会。お一人お一人と丁寧に接し、サインはもちろん、握手に写真撮影と、どこまでもサービス精神旺盛なお二人でした。
この後、ラジオに生出演後、劇場に戻り、井浦さんは若松孝二監督追悼上映、『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』の上映の舞台あいさつへ御登壇。その後お二人で再びラジオ出演。そしてテレビ出演、と、大忙しの1日でした。

『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』の舞台あいさつでは、骨折を理由に、一度は出演をお断りされた井浦さんが、若松監督に怒られてしまった、というエピソードや、出演 を決意させた監督からの「新くんの三島をやってくれればいいんだ。三島に近づける必要はないよ」というラブコールの話、震災直後、迷う事無く撮影に挑んだ 監督の強い意志と作品への思い等、井浦さんしか知らない監督の思い出がたくさん語られました。
「11.25自決の日...」の撮影後、立て続けに撮った『海燕ホテル・ブルー』まで話が及び、濃厚な舞台あいさつとなりました。




この日、井浦さん、高岡さん、そして劇場スタッフも、沖縄の夏の太陽に体力を奪われ、ややグッタリ。そこで、沖縄の珍味であり、ウチナーンチュの精力の源、「山羊(ヒージャー)」を食べに行きました!

2013年6月18日火曜日

日本映画プロフェッショナル大賞、若松孝二と井浦新へ!

6月15日。
雨の予報が、薄日のさす夕暮れだった。
夜もとっぷり暮れてから、にわかにごった返すテアトル新宿。
「日本映画プロフェッショナル大賞」授賞式が行われるのだ。

今回の授賞式には、万感の思い。
若松孝二悲願の「11.25自決の日」での井浦さん主演男優賞。
アジア国際映画祭でも受賞してくださったが
ここ、若松孝二の近作始動の場であったテアトル新宿にて
しかも、若松孝二にも監督賞が贈られるとあって
また、思いもひとしおである。

主催の大高宏雄さんが、受賞者一人一人を壇上へ呼び上げる。

主演女優賞の前田敦子さんに続き、
「主演男優賞、『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』『かぞくのくに』
 井浦新さん!」
首に若松監督の遺品のマフラーを巻いた井浦さんが壇上にあがる。

「若松監督からは、三島由紀夫という人物をなぞるのではなく
 お前という人間が、そこに存在してくれていればいい、と言っていただいた」
と、三島由紀夫を演じるにあたっての監督の言葉を語った。

サプライズで花束贈呈に現れたのは
『実録・連合赤軍』以来の若松組の同志、大西信満さん。



「新に主演男優賞を取らせたいなあ」が、クランクアップ後の
若松監督の口癖だった。
監督の予想を超える熱量を見せてくれた井浦さんに
仁義を果たしたい、というような口ぶりだった。

そして引き続き、監督賞の発表。
「若松孝二監督。代理で井浦さんに受賞していただきます」
首に巻いていたマフラーを外し、
マフラーを持った両手で賞状と盾を受け取る井浦さん。
花束贈呈は「実録・連合赤軍」以降、若松作品の
初日公開をともに走ってきたテアトルの沢村敏さん。

若松孝二と井浦新。
二人が並んで受賞していたら、監督が浮かべるであろう満足そうな笑みが
たやすくまぶたの裏側に浮かんできた。
ブルーのダンガリーシャツを着て、ベストをはおって
帽子をちょっと上げて挨拶する監督の仕草まで見えてきた。

井浦さんは、映画業界を取り巻く激動の状況
特にデジタル化への急激な意向、地方ミニシアターの苦境などに触れ
「若松監督は、どんな地方の劇場への
 自分の足で作品を届け、自分の口で作品について語る事を
 決して怠らなかった」と語った。
「いつのまにか、メジャーの作品であればあるほど
 舞台挨拶は東京・関西・福岡のみ。
 そういう状況に当たり前の事として甘んじていたのでは。
 今、なすべき事は、何か革新的な事を打ち上げるのではなく
 原点に立ち返る事ではないか」と、静かに言葉を続けた。

「若松監督は、独立プロの最後の砦のような存在だった。
 自分で作品をつくり、自分で劇場に届ける。
 その事を、変わらずずっとやり続けてきた人だった。
 監督がいなくなってしまった今、自分たちは、映画の火を
 絶やしてはならない。作り手も配給も、真剣に
 考えていかねばならない」と語る一方で、客席に向けては
「これは、作り手の裏側の事情の話でしたが、お客様へ向けて、
 まだ、若松作品をご覧になっていない方がいらっしゃったら
 ぜひ、これから、若松作品と新たに出会って頂ければ嬉しいです」と
井浦さんらしい配慮と思いを覗かせた。

井浦さん、大西さんは、今月に入ってから
シネマ尾道や、富山のフォルツァ総曲輪へと足を運び
「若松孝二特集上映」に登壇して来た。
各地から、そのときのトークの模様、若松孝二からの学びを継承する事は
特殊な事をする事ではなく、日常を積み重ねていく事だという
そうした二人の言葉を漏れ聞いていたのだが
久しぶりに見た二人の顔は、いつもと変わらず穏やかだった。




『さよなら渓谷』の初日を翌週末(6月22日)に控えて
多忙をきわめていた大西信満さん、
『日曜美術館』キャスター、テレビドラマ出演、写真展など
表現の幅が飛躍的に広がり同じく多忙の井浦新さん
ありがとうございました。

そして、若松孝二の監督賞受賞、井浦新さんの主演男優賞受賞
おめでとうございます。

今秋、再び『千年の愉楽』が都内劇場にて1週間上映予定。
今秋といえば、若松孝二の一周忌がやってくるのである。

あっという間だったともいえるけれど、
若松孝二不在となってからの
果てしなく長かった道のりを思う。

それぞれの歩みは続いて行くのである。

今週末には、いよいよ、若松監督もこよなく愛した
沖縄「桜坂劇場」にて、『千年の愉楽』がスタート。
舞台挨拶に、高岡蒼佑さん、井浦新さんが駆けつけます!
http://www.sakura-zaka.com/movie/1306/130622_sennenno.html

また、同じタイミングで同劇場にて
若松孝二追悼上映が行われます。
若松監督が好きだった「旅芸人の記録」と監督旧作を
2週間にわたって上映。
 

 

2013年6月10日月曜日

2013.6.1.2シネマ尾道レポート「井浦新×大西信満若松孝二を語る!」

6月8日から21日の「若松孝二監督追悼特集」に先駆けて、6月1日2日シネマ尾道にて「井浦新×大西信満 尾道で若松孝二を語る!」トークイベントが行われました。梅雨入りし足元の悪い中、沢山のお客様が全国から尾道へ駆けつけて下さいました。
井浦新さんと大西信満さんが初めての若松組参加となった「連合赤軍」から「千年の愉楽」までの5作品を作品ごとに全てを語り尽くすという2日間に渡る若松映画ファンにはたまらなく贅沢な大プログラム。
会場は満席を超える熱気の中、まずは「11.25自決の日三島由紀夫と若者たち」の上映後、ご登壇いただきました。


 


井浦 皆様こんにちは。今日は尾道にお招きいただきありがとうございます。時間の許す限り、2日間僕達の話をぜひ聞いてください。
この作品では集中するしかすることがなく、細かな記憶が途切れていて思い出が語りにくい作品ですが、大西君が現場でよく怒られたり寺島さんや美術さんのサポートをしていたのは記憶しています。
大西 若松監督は、あの当時研ぎすまされていた。新さんは新さんで、役が降りて来ていて、かかとの骨を折って無茶をしたりと「狂気」があったので僕ぐらい しか新さんと話せなかった。監督は、僕づてに新さんの様子をうかがったり、役者同士のパイプ役もしていました。人間関係の結びつきは、カメラの前だけで やってもバレるので、そこをしっかり作りたいと思った。
井浦 この後に上映する「海燕ホテル・ブルー」は名作です。「三島」の2週間後に撮り始めた作品で、二つはどこか繋がっています。「海燕」はスタッフキャ スト含めて15人ぐらい、そんな事は一般の映画ではありえないし純粋な若松組のみの撮影でした。「三島」と「海燕」は真逆で面白かった。
大西 現場に人が多いと若松監督は、ピリピリする。短期間で数本撮るといったように、お金も人も無駄が嫌いで、常に合理化を求めていました。そう言え ば…。新さんは「三島」をやってから変わったよね。それ以前は、話をしなかったから困っていた。やりきった役は、ちゃんと落とし込めていて生涯消えないも のだと思った。
井浦 監督は、スケジュールも何もかも全て自分でやるので、「三島」の時監督と二人でいろんな所を回って、それに鍛えられました。
大西 話さなかった新さんが、いきなりトーク番組に出ているから驚いた。(会場爆笑)自分も全国で話させてもらっているけど、しかし新さんは「連合赤軍」の時は何もしゃべらなかったよね。
井浦 でも、大西君も「キャタピラー」の時は話さなかったじゃない。
大西 そうゆう役だから…。
井浦 若松監督は、トークイベントでたまにキレる。監督はマイクを持つと一人で話してしまうので自分で割り込まなくてはいけないから、自分から話せるよう になった。きっと「キャタピラー」の時、シネマ尾道でも監督、時間押したのでは…。それだけ伝えたいことがあったのだろうと思う。「俺が撮りたいのはお前 らの顔なんだ」と、監督はよく言っていた。事実を知る必要もなく、もしそこに自分がいたら自分はどうするか、それが重要で監督が撮りたいものだった。だか ら表情のアップが多い。
大西 客観的事実をなぞるだけのものには興味はなく、なぜそうなったかという人の気持ちを撮りたいと思っている監督だった。ただの狂気を撮るのではなく、彼らにどのような熱い気持ちがあったかという、先人に対するリスペクトだったように思う。

話はますます盛り上がり、質疑応答タイムへ。

お客様 お二人が監督に影響を受けた所、また尊敬している所は?
井浦 一番は生き方のところ。人生論などは話さなかった監督でしたが、どのように生きているのかという監督個人の生き方に影響を受けました。役者としてで はなく、一人の人間として作品に関わるよう追い込まれる。追い込み方として、サバイバル的な価値観や経験から求められる。それに食らいつくのが必死でし た。何を考えているのか自然に察知できるよう、監督は仕向けていたのかもしれません。若松組の訪れたロケ地は、訪れる前よりきれいになる。枝が役者の顔に かぶることもそれが現実でよしとしていました。他の監督のように家がじゃまだから消すなんて絶対にしない。「千年の愉楽」でもそうだったのですが、その時 代にないものを写して作品にする事を恐れなかった。それは、一番伝えたいのは人の心だったから。そこに集中すれば、電信柱なんてどうでもいい。少ない予算 がベースにあったとしても、そんな監督の考え方に勇気をもらいました。
大西 このテーマだけでもオールナイトできますが、若松監督は人のために何かやることがとても多い人でした。「キャタピラー」は賞をもらったので動員が見 込めるし、いろんな映画館からオファーが来ていたのですが、それよりこれまでの映画を流してくれた人を優先していました。損得を越えて、人は一人で生きて いけないから、人との繋がりを大切にしていた。
井浦 あたり前の事をあたり前にすることは難しく、いつもの仕事を自分の積み重ねてきた知識だけで動こうとするな、知ったかぶりするな、という役者も監督 も特別な仕事ではないといつも言っていました。何より監督は、軽薄な人間が大嫌いでした。僕らはうまく立ち回れるようなタイプではないので、人前で話す機 会を与えてもらえて、大事にしてもらえて若松監督に感謝しています。


午後より「キャタピラー」上映後、2回目のご登壇。
井浦 「キャタピラー」について話すのは久しぶりです。軍人その1を演じました井浦新です。
大西 えっ!?その2でしょ?僕顔半分ないけど…新さんの方がセリフ多いよね。
井浦 一日で帰ったのにね。
大西 愛国心などを語る映画にしたくなかった。そんなに誰にでも好かれるような作品でもないのですが、兵隊だけでなくその家族が戦争によってどんな思いをしたかなど監督も戦争を経験しているので、その事をそうしても描きたくて。
井浦 観る人が目を覆いたくなるような作品だけど、戦争は何も生まないという事を追及していて監督はそこを描きたいと言っていました。
大西 誰もがそうなる可能性がある時代だった。夫婦関係だけでなく、個人すら保てない時代への監督は批判もあったのだと思う。女性は子供を産むための道具 であるという時代への批判。手足を失い言葉を失い人格も破綻して帰ってきたという事の自業自得と言うか…男が女に道具である事をあたり前に思う事をさせた 国家をすごく否定されていました。
井浦 監督は女性への敬意に溢れている方。女性のレイプを撮っていたとしても監督はその行いをした男性を否定していて、「千年の愉楽」もそうでしたが、監督はいつも女性に優しい眼差しを向けていました。
大西 若松監督と濃い関係を築いてきましたが、よく女性に対する気持ちの事を言われていて、監督自体は男の塊のような方ですが…。「キャタピラー」はよく 女性に反感をかわれますがそれは違っていて、監督も子供ながらに国や女性に対するものに違和感を覚えていた。「国家として始めた戦争を個人が引きずるん だ」という事を、全国を舞台挨拶で回った時に、お客さんに言われ印象に残っている。ちょっと視線を引けば無駄なことだと分かるが、渦中の人はそんな事は思 えなくて、その気持ちを映画に残したいと監督は言っていました。
井浦 「キャタピラー」はおだやかな現場であったという印象。
大西 そうだね。淡々と静かに撮影していたという印象。今の若者がどうやっても出てこないものを監督は引き出してくれた。連合赤軍の時は常に毎日ご飯を食 べていくような仲間を意識させるような撮影でしたが「キャタピラー」の時はみんな勝手にご飯を食べていた。本当にこれが若松組なのかと思うぐらい…。井浦 さんが現場にいらっしゃった時、本当に久しぶりに人と話した。
井浦 監督は大西さんの芝居を「わーわー言ってるだけで、楽な仕事だなぁ」と言っていました。まぁ、もともと褒める監督ではないのですが。
大西 監督は自分にしか文句を言わないのだけど最後に呼ばれて「お疲れ!一番高いステーキ食っていいぞ!」とご馳走になって。でも、話す事なくて…。で、 最後に「お疲れ!」って言って帰った。監督は本人には何も言わない。よく僕と新さんとで映像を撮ったけど「キャタピラー」の思い出はあまりないような…。
井浦 違うんだよ。若松組で主演をやるのはとてもプレッシャーのかかる事なんだよ。三島もそうだったようにだから余裕がなくなる。
大西 若松監督は100本以上戦争映画を撮っているけど、こんなストレートなものは初めてで監督の気持ちを考えた。最後のシーンで錯乱状態を撮った時、頭 に本当に怪我をしていて病院に行って縫わないといけなくて髪を剃らないといけなかったんだけど、撮影中だから剃るわけにいかなかったから医療用ホッチキス で留めていて。そしたら監督が飲みに誘ってくれて。このタイミング!?と思ったけど断れなくて。おかげで翌日は枕が血だらけだった。その飲みの時も会話は 「美味い」としかなかった。言葉はなくても監督の背中を見て教わってきた。
井浦 監督は、僕には話してくれる。移動中は二人でいると大抵どちらかが話しているけど、大西君の時は結構無言みたいで。
大西 そうそう。監督はせっかちで二人で5時間ぐらい無言とか。宮城から北海道に行く時、青函トンネルを楽しみにして通りたかったみたいで6~8時間。でも、トンネルから海なんか見えなくて監督不機嫌になっちゃって無言みたいな…。
井浦 大西君が連合赤軍の時も何を言っても大丈夫だと言うのを監督は見ぬいていて、僕がミスをしても大西君が怒られる。二人は気を使わないで一緒にいられたんだろうなと思う。
大西 でも無理してしゃべらなくてよかったんだから、しゃべらない時間の中でいろんな事を受け取ってきたのかなぁ、とも思う。僕たちは結構一緒にいるけど、真逆だったね。
井浦 「キャタピラー」でのた打ち回るシーンはホントによかったと監督は言っていたよ。
大西 「連合赤軍」でも「キャタピラー」でも僕が怪我をするから、監督は根に持っていた。監督は美術や小道具にこだわるのが嫌いで、そんな中血だけのシー ンもあって僕はフリをしてはいけないと感じていた。音を乗せたり痛がっているフリをしてはいけないと思った。そうする事で映画を無駄にしてはいけないと 思った。映画ではフラッシュで画面を切り替えたりしているが現場は15分ぐらい回し続けていて。その演技を何度も出来ないし、すごく静かなのに怒号が飛ぶ みたいな。目薬で泣くことを許す監督ではなかった。自分で泣く準備をしていたのに耳元で監督が「泣けー!」と叫ぶから全て飛んでしまった。(会場大爆笑)

トークが盛り上がる中、質疑応答タイムへ。

お客様 夫婦が通じ合っていないと大西さんはおっしゃっていましたが、卵を投げるシーンなど印象的でそれによって通じ合っているようにも見えたのですが。
井浦 自分は大西さんと寺島さんを見ていると、本当に相性がいいなと感じます。寺島さんは大西さんに気を遣わなくてもいいからかもしれない。アドリブも多いと思うけど、そのアドリブも関係性があってこそだから。
大西 寺島さんとは以前もキツイ作品で共演していたのでそれもあって監督もそこを狙っていたのかもしれません。
お客様 大西さんの役は狂気溢れていましたが、オンとオフの切り替えはどうのように?
大西 撮影中は常にオンなんですけど、役に入るために僕は時間が必要で撮影以外はくるくるパーです。(笑)
井浦 大西さんは撮影1か月前から音信不通になります。言葉はよくないのですが、所謂役者キチガイなんです。大変なのは終わってからなんです。僕が知らな い作品について語られるのは結構苦痛でした。でも付き合ってやんなきゃと思う。その時がオフになっていく時間なんだと思う。常にちゃんとしている人に僕は 憧れるけど、僕は学生の時もテストは一夜漬けで、今も変わらないなぁと思う。
大西 でも新さんの方がしっかりしているよね。僕達本当に違うね。目指すところは一緒なんだけど、方法が違う。
井浦 大西さんは緊張していたり、僕には出来ない事が出来たり、見ていて面白い。自分も大西君も不器用な役者だけど大西君には負ける。監督は、不器用な方が好きで上手い演技が出来る事がいいと限らないと言っていた。
大西 僕はイリオモテヤマネコみたいだとよく言われます。けど保護して下さいって思います。しかし作品ごとに話せるのは嬉しいよね。
井浦 ここに監督が加わる事がよくあって、そしたら嬉しくて怒られるのは大西君かな~と思ったりして。
大西 今でも何年も前の事を話せるっていうのはとてもありがたい経験をさせてもらったと思う。「キャタピラー」の後にこの後上映の「海燕ホテル・ブルー」を観ると、口直しになるかもしれません。


だんだんと日も暮れて「海燕ホテル・ブルー」上映後、3回目のご登壇。1回目のトークでもお二方が勧めた作品だったので、話を聞き急きょ残って下さったお客様も多くおられました。

井浦 「海燕」は「三島」の2週間後、伊豆大島で「連合赤軍」以来の短期合宿でした。「三島」は2週間以内で終わっていたし、この作品は本当に無駄 がなく少人数で10日以内に撮影は終わりました。仕上がった作品は、原作の面影もなく、大西君演じる警官なんていないし。現場で内容がどんどん変わって いった。この作品は、若松監督の脳内の映像。その現場にいると、監督がその日何を撮ろうとしているのか言うっていう形で撮影していた。60〜70年代の色 が2000年以降で一番出ていたと思う。もっと監督は60〜70年は尖っていて、この「ホテル・ブルー」は監督の原点に立ち返っていてその時の監督の想像 力を一番使っているのではと思う。この作品をまじめに見てはいけないし、出ている人はとても滑稽に見える。「三島」も「海燕」も外国の方に観せたら、「海 燕」の方が受けて。撮影後、すぐ封ぎられていつ上映されたか分からないくらいで、存在すら知られていないぐらいで。でも僕らにとって思い出が深い作品。監 督はいつも楽しそうだった。
大西 「ホテル・ブルー」はいつの間にか上映が始まっていて、いつの間にか終わっていた。レンタルにも置いていなかったりするので、こう言う機会は嬉しい。この作品は、若松監督を知らない初めてのメンバーでは出来なかったと思う。
井浦 そう。若松監督を知らないと出来ない。役者も役者以外の事をやったし、全部参加させてもらえた。若松監督の現場は、マネージャーは来てはいけないの で、主演女優は裸にならないといけないし僕らはマネージャーのようになっていた。話し合いに参加させてもらったけど、その内容はコロコロ変わるし考えるの をやめた。若松組のセッションのようで1シーン1シーン思い入れが深い。
大西 僕はこの作品が集大成なのはいやだよ。(笑)でも、監督の中の大嫌いな警官役を演じさせてもらって、楽しかったです。新さんも監督も「三島」からの開放感があって、画に勢いが現れていたと思う。
井浦 「三島」の後、監督から「次の「海燕」では好きに遊べ」と言われてそれを真に受けた。100求められたら100を超えるぐらいでないと若松組では やっていられないけど、この作品は起きてそのままのテンションで楽しく撮る事が出来た。衣装は、ほぼ監督の私物を着ている。監督の家である若松プロダク ションのクローゼットで選んだ。赤いジャケットは、監督の還暦の時の服で、チェ・ゲバラのものすごい価値のある服で、カメラ目線で原発について話すとか、 途中埋められた男の服はケミカルウォッシュのデニムパンツでそれも監督の年代物。「三島」の現場で「海燕」を撮るという監督のテクニッックであったのです が、そのシーンを終えて床屋でヤクザ風な髪にしてもらった。本当は3人が殴り合って殺し合うというラストだったのに、監督が急に「お前らみたいな素人の殴 り合いを見ていて楽しいはずがないだろ。すぐ撃て!」と言われた。「撃たれ方も撃ち方も違う。お前ら拳銃ぐらい撃っておけ!」と。理不尽が嬉しかった。

質疑応答タイムへ。

お客様 ご自身の性格で好きなところは?
井浦 大西君と出会って、この人は信じる事が出来る人だなぁと思った。仁義の「仁」という字が大西君に当てはまる。彼は、小さな世界も大切にするし人の前 に立たず自分のポジションや人を見て、人々の潤滑油になれる。監督にそっと寄り添う事が当たり前に出来て、それは目上の人だからという事ではなくて、優し さがあついところにあります。そう言う「根」を知っているので、そこを踏まえた役をしたり出来ます。
大西 同じようなこと、同じことを新さんに言える。好きなものが一緒というより、嫌いなものが一緒で、強烈に許せないものが一緒。その方が、一緒に物作り をするのには良いのかもしれない。チームプレイで仕事をするのに、一緒にやっていきたい、やっていけるなと思う。監督に対しても、同じ事が言えるかもしれ ない。まぁいいじゃん、と思う事が何をやっていてもあると思うんだけど、そこに対する純度に対する強さと優しさを取り戻してくれたと思う。
井浦 僕らはまだ30、40歳で監督からみるとガキだけど、監督の存在はこんな大人がいていいんだと思えた。このまま突き進んでいいんだと思う事が出来たし、何より勇気をもらえた。
大西 不思議と若松監督の現場は、人が見える。監督は、問い続け、突きつけ続けるので、普段はむき出しにしないものをさらす事が出来て感謝しています。
井浦 監督の意思は誰にも引き継げない。
大西 意思を受け継ぐというのは人が言う事ではないかもしれない。僕たちは何かを表現したい人の映画を、具体にするのが仕事で、監督から受け取ったものというのは持っています。
井浦 監督と仕事をしていたり、憧れていた人がもし「意思を継ぐ」というのなら、僕はその人を信じないし、許せない。意思というのは絶対に継げない。意思 を継いでも監督は喜ばない。監督に作られた感性を役者として、DNAをまき散らしていきたいし、まき散らしていけると思う。
大西 関わった人たちがいい仕事をして、結果を残していくことが一番監督が喜ぶ事だと思う。それだけだと思う。

お客様 俳優になろうと思ったきっかけは?
井浦 最初はモデルをしていて、俳優に興味がなかった。芸能界とかどうでもよくて、その時物作りの仕事をしていたんだけど、その時映画をいろんな人が一つの作品を作っていくという意味で引き込まれて、若松監督の作品で役者に魅かれた。
大西 最初は裏方の仕事をしていたが、幸運なことに最初から大きな役をもらえて、でも何故か役を演じられなくて、それでその間は裏方をしていたんだけど、 そういう時監督に「連合赤軍」の話をさせてもらって、それで自分の中でいろいろ変わっていけて。自分の中で呼び戻してもらったのは若松監督で、大きな要素 だった。毎回毎回これが最後だと思って演じていた。自分が広がっていくのを感じた。自分で自分を許す事を監督に教えてもらった。新さんは、本当に変わった と思う。
井浦 「連合赤軍」の後から、自分を役者と言えるようになった。気持ちの伴う役者だと言える勇気がでた。
大西 名前もローマ字じゃなくなったしね。

トーク後各回全てサイン会付きというお客様にとって嬉しい時間が過ごせ、大盛況のうち1日目が終了しました。

一夜明け、トークイベント2日目。
1日目に続き、雨天の中にも関わらずほぼ満席のお客様。「実録・連合赤軍あさま山荘への道程」上映後、ご登壇いただきました。

井浦 初めて監督の現場に行った作品です。この5作品の中で一番撮影期間が長く、監督の事や撮影方法、やり方など分からない事だらけで思い入れが深 い作品。若松監督が「連合赤軍」を撮るってどうゆうことかを考えました。若松監督は命をかけて何かをよくしようという若者に共感していた。監督自身が裏側 を体験しながら、シンパシーを感じていたのではと思う。若松監督が撮る「あさま山荘」がきっと美化する事もなく、歴史に残る作品になるだろうと思って、若 松プロダクションに電話をしました。「オーディションやるから来なさい」と。
大西 若い人は「連合赤軍」に関心を持つきっかけもなかったと思うけど、知る機会もなく、知るのは親世代で。歴史って勝者がよいように語られている。30 年前ぐらいでもあるにも関わらず、今も当時者が沢山いるのにも関わらず、あまり語られない。監督は、悪いものは悪いと言いたかった。
井浦 芸術は、映画は、権力側から作ってはいけない。権力側から描いた権力讃歌の映画を若松監督が観て、それもあるだろうけど、閉じこもった若者達の心情 が一切描かれていない事に、怒りを感じていた。何を思っていたか、どのような事が行われていたか、話を聞いたり人質にひどい事をしている報道等が実際に あったが、中ではそんな事は行われていなかったり。なぜ閉じこもったかというと、国家をよくしようとする中でその集団の中で、小さな社会が出来、連合赤軍 の中でのトップに従い動いていくという事を感じ、赤軍の中で何かが崩れていく。総括などのシーンも包み隠さず残す、粛正、そんなシーンを追体験することに なったけど、キツかった。
大西 集団心理、山の中にこもり、20人ぐらいの中で自分の立ち位置。それは客観的に見ればおかしいのは分かる。けど、中にいると「おかしい」って言えな い。演じてみて思った。「自分だったらどうするか」、当時の追いつめられた若者として自分はどうなのか。「まちがっている」と言える勇気、なかなか持ち得 ないと思った。
井浦 やらなければ次は自分だという恐怖心、空気感、幹部の言う事を聞かなければという空気が現場にもあった。正義感の強い人程やってしまう。
大西 みんなも同じようになると思う。
井浦 小さな社会、学校なども一緒でね。
大西 彼らは、純粋に日本をよくしたいと思っていた。当時の彼らの手記などを読んで、この日本と後世のために良くしたいと思う、純度が高すぎるが故だった。
井浦 若松監督は「芝居はするな!」と言っていてその瞬間に自分達が感じた事を言葉に出して、ライブで若松監督の現場を掴んでいった。当時の若者達の心を掴んでいくのは簡単ではなかった。
大西 総括を受けるシーンがあったが台本とかなく、リアリティーが監督に伝わったのかも。
井浦 若松監督は、現代の政治家達は「命がけ」を簡単に言ってしまうが「命をかける」を本当に知らないから言うんだ。若松監督は、この映画で「本当の命がけ」を表したかったのではと思う。
大西 何かのため、国のため、自分じゃないもっと大きなもののために命をかけた若者の真実の姿を伝えたかった。

さらにトークセッションは盛り上がり、お客様も熱の入った質疑応答タイムへ。
お客様 「三島」も「連合赤軍」も命をかけることになった問題ですが、お二人は当時者だったらどのように行動したと思いますか?
井浦 銃を持って国会に突っ込むとか、そうはならなかったと思う。若松監督の言っていた「命をかけた若者がこれだけやっても日本は何も変わらない」という のも伝えたかった。それが、監督ができる事だったのでは。僕らは、自分自身の出来る事、表現を持って、芝居を持って、伝える事が出来る。何を思っていたか をちゃんと持って、そうして作品を作っている。
大西 自分が出来る事、日々変わっていくもの、役をすることによって知らなかった事や問題意識を持つようになった事など、作品作りを通じて、問題に向き合っていきたい。
お客様 若松監督は現代の人間について、また若者についてどう思われていたのか?お二人はどう思うか?
井浦 60年代70年代を体験されているから、若松監督は昔と今をより比べられたんだと思う。若松監督はよく「今の若者達はかわいそうだ」「嫌なものを 「嫌」と言う事さえも忘れさせられている」と言っていた。嫌なものは「嫌」というのは、まっすぐな志なんだ。ただ今が悪いんじゃない。その時代だからこ そ、爆発する人もいたが、中間の人もいるし、興味がない人もいっぱいいた。「結局、政治と教育が腐敗している。そこで生きている国民は大変だよな。でも、 そこで終わらせない、映画が俺の武器なんだ」と監督は言っていた。閉じてはいけないものを開けて、歴史を知って、未来に行かなきゃいけないんだと思う。若 松監督は、「俺は国が隠そう隠そうとすることを、どんどん暴いてやるんだ!」とよく言っていた。
大西 「連合赤軍」後、みんな諦めてしまった。戦争で傷ついた親に育てられる。みんなすごく敏感で、子供達が成人した時、ちゃんとなっていればいいなと思う。
最後に、この後上映の「千年の愉楽」についても触れ、トークを締めくくった。
井浦 若松監督の遺作になってしまった「千年の愉楽」は、監督の新しい一面を見る事ができる作品です。ずっとテーマにしている「女性への讃歌」の想いが詰 まった作品。女性への想い、また国が隠そうとしている歴史や文化も描いています。ぜひご覧になってください。2日間、ありがとうございました。
大西 「千年の愉楽」撮影当時は、怪我をしていて出れませんでしたが、「東京で1〜2日撮影があるから来い!」と監督から言われて。「お前がいないのは嫌 だ」と言って下さり嬉しかった。若松監督の優しさが一番出ている作品なので、皆様ぜひご覧ください。ありがとうございました。



若松組で培った、井浦新さんと大西信満さんの役者同士の固い絆と友情、若松監督への愛を2日間たっぷりと体感することができました。会場は、誰もが若松監督を想い温かい空気に満ちた、若松組とお客様の心が一体化したような、そんな素晴らしいトークイベントになりました。
このようなイベントが若松作品とともに、全国の映画館でどんどん広がっていけば嬉しいです。

シネマ尾道にて「若松孝二監督追悼特集」は、6月8日(土)〜6月21日(金)

2013年5月28日火曜日

若松監督のハートビートが聞こえた夜

6月1日夜。テアトル新宿。

阿部薫の乾いたサックスの音が響き、
「十三人連続暴行魔」の貴重な35ミリプリント上映が始まった。

オーバーオールを着た冴えない小太りの男が
自転車に重たげな身体を乗せて
河川敷や工業地帯の間を走り回る。
向こうには、発着を繰り返す飛行機。
成田空港開港の新聞記事。
1978年という時代の匂いをまき散らしつつ
しかし、映画は終始、男のお尻と犯される女の裸体
打ち込まれる拳銃の音が、ひたすらひたすら繰り返されるのである。
途中で、「17歳の風景」(2005年公開)だ!とはっとするようなモチーフや
映像の切り取り方が現れるのだけれども
とにかく、ひたすらひたすら繰り返される暴行。

阿部薫のサックスの渇望が画面から溢れ出す瞬間や
記号のように繰り返される行為そのものの感じ
なぜか長期間いたぶられるのは婦人警官。
若松孝二の脳みその爆発がそのままぶちまかれたような画面に
思わず、お腹の力が抜けていくようで
でも、自由だ、自由なんだ、文法なんてないんだ!と吠えていた
若松孝二がそこにいた。どっぷりと再会できた60分。

そして、上映後には、
若松作品「エンドレスワルツ」で阿部薫役を演じた町田康氏と
若松孝二とは長年の「不良」仲間だという山本政志監督が登壇。
 

 
開口一番、山本監督が切り出す。
「俺、前にもこの作品観てて、結構好きだったと思ってたけど
 今観ると、メチャクチャだね、これ。性欲のカタマリかって(笑)。
 さらには、なんで婦人警官だけ、あれだけ長々と監禁するのかってさ」
思わず、会場から笑いが漏れ出す。
そうだ、みんなして、監督の悪ふざけを息をつめて60分も凝視してたのだから。
すかさず、町田康さんが応じた。
「これ、永山則夫とか、社会に対する破壊的な衝動とか
 そういうものだと考えると、これ訳分からんよね。
 そうじゃなくて、これは神話なんだと。
 現実の社会のリアルの中で考えると訳分からない作品だけど、
 神々の事だから。
 神話をリアルにやろうとすると、ああいう生々しさになると思う。
 性と暴力と。
 普通の常識から観ると「女をモノ扱いして…」となるけど
 多分、見方が全然違うんだろうと思うんですけど。
 実際の若松さんの意図はどうかわからないけど」
山本「無機質に斬り込みたかったんだろうね」
町田「僕は、やっぱり神話だな、と思った。
 最後に処罰されるじゃない。もっと強大な神に。
 しかし、これ、実際に十三人もやられてました?」
山本「やられてないだろ。語感がいいからでしょ。
 九人連続暴行魔じゃ中途半端だしさ。六人もちょっとね、やっぱ十三でしょ」
町田「JAGATARAの『岬でまつわ』って歌も実際に岬って喫茶店があって
「岬でまってるわ」って言ったら、そのままタイトルになったって。
 でも、タイトルってそんなもんでしょう」

作品について、ひとしきり語った後、若松監督という人について。
町田「普通、監督って、自分の演出に酔っているというか
 情熱をもって、いいものを納得いくまでやりたい!というのがあるけど
 若松さんは、とにかく、「今日もまいて終わった」「今日も早く終わった」って
 早く終わらせる事に命かけてるっていうか。
 そんなに早く終わらせたいんかい!って(笑)
 合理的というか、何か、よく考えがつかめないっていうか。
 演出も、ちゃんとみてんのかみてないのか分かんないし(笑)」
山本「よく車買い換えてたしねえ。
 何が一番儲かった?って聞いたら、「『愛のコリーダ』(プロデュース作品)と
 軽井沢の土地転がし!」って言ってましたからね(笑)。
 僕は大学受験で上京して面接の時に「好きな監督は?」って聞かれて
「若松孝二と小川伸介です」って答えたら落とされた。
 「山田洋次です」とでも言えば良かったと思ってさ(笑)。
 でも、高校時代はまだ作品を観たことはなかったんだけど、
 生き方に、うわー、と思ってて。やってる事メチャクチャだしさ。
 それで、上京してから特集上映で、「犯された白衣」や「ゆけゆけ二度目の処女」とか
 一気に作品を観たんだよね。言葉がちょっとインテリっぽいなと思ったけど
 でもそれも面白くて、毒性がすごくあって、キバを剥いていて。
 大きな流れの中で一人だけ、ぐっと流れをかきわけて上がっていく感じで。
 しばらくしてから、実際に会ったら、これがヘンなおじさんだから
 ますます好きになって。若松さんって、俺の中で、特殊な人間なんだよね。
 尊敬でもない、何だろう、心の中に若松孝二がいるんだよ」
町田「一度、紀伊國屋ホールで「新宿のイベントやるぞ」って言って
 よばれた事があるんですけども。かつての新宿が面白かったっていって
 唐さんとか原田芳雄さんとか出ていて、僕もなぜか詩の朗読をして
 楽屋ではみんな、待ちの間からガンガンに飲んでて、
 結局あれは何のイベントだったんだろうっていう(笑)
 映画監督って高学歴の人が多くて、大抵、マルクス主義とかってなるけど
 若松さんだけ、毛色が違ってましたよね。
 暴力革命、それだけ知ってりゃいいっていう」
山本「思想関係ない。心情的なものなんだわ」
町田「連合赤軍もそうですね。思想じゃなくて心情」
山本「虐げられてるところへのまなざしははっきりしてるっていう。
 若松さんは、自分の中でほんとに特別な存在。
 まさしくインディーズで、ケンカ売りながら生きていた。
 若松さんに会えたのは幸せな時間だったし、自分の中には
 まだ若松さんがいるし。それで、「政志、何してるんだ!」って
 言われるんだろうな、でも言われたら「うるせえ」って思うだろうな、
 でも、それを励みにするだろうな、と」

会場からいくつかの質問が出た。
ー若松孝二とのなれそめは?
町田「山本監督の「熊楠KUMAGUSU」の現場で会った。
 若松監督たち全員が映画監督という宴会シーンの撮影で。
 その時、僕が礼儀正しくて、ちゃんと挨拶して
 飲み物を運んだりしたんで、「あ、コイツはいいな」と思ったって。
 (それで、エンドレスワルツ出演につながる)
 挨拶はした方がいいんだな、という事で(笑)」

ー「連合赤軍」「三島由紀夫」政治的な題材が気になって観ていた。
 最近のこうした題材とかつてのピンクにこめられたものとの共通点は。
町田「若松さんは政治的題材を扱っているけれども
 現実の政治というモノと政治的なモノは、違うんだろう、と。
 若松さんは、現実の政治、主義を描くのではなく
 詩的でロマンチック。人間が持っている根本のところで腑に落ちる。
 やっぱり、神話のようなものを描いてると思う」
山本「『キャタピラー』は反戦映画って言ってたけど
 あれ、ウソだからね。やってることは同じだよ。
 時々ウソもつくから、若松さんは。
 そこがチャーミングなところなんだけど」
町田「捕捉すると、ウソはいけないか、と。
 本にはオビってあるでしょ。あそこには、売るために
 ちょっと違うかなーって事を書いたりもする。
 宣伝のためであって、中身は別にちゃんと存在してるわけで。
 僕は、言ってる事がウソだとか、矛盾があるとか
 そういう事が良くないって言うのは、そんな事ないよ
 そんなもんだよ、というのがあるんですね」

山本監督プロデュースの実践映画塾「シネマインパクト」から
生まれた映画作品も、これから続々と公開。
山本監督も自身の監督作品「水の声を聞く」
「ちょっと真面目な映画をちゃんとやろう、と。
 9月までには撮影を終えようと思っています」との事。
未完の「熊楠KUMAGUSU」についても
主演の町田康さんと、時折、酒とともに思いを語り継いで
今も懐の中で温め中である。

いつだって、ものづくりをせずにはいられない人
思いにつきうごかされて表現へとひた走る人たちの言葉は
現在進行形だから、ヒリヒリじりじりと響いてくる。

若松孝二の形はいなくても、
「自由なんだよ!決まったやり方なんてないんだよ!
 想像だけは、最後で最高の自由なんだよ!」と吠え続けた
若松孝二が、そこかしこに充ち満ちていた。
空気が入った夜だった。

会場に来て下さったたくさんのお客さま
ありがとうございました!

2013年5月18日土曜日

ポレポレ東中野速報。佐野史郎さん、原田麻由さん!

本日はカラリと晴れた初夏の陽気。
「千年の愉楽」上映中のポレポレ東中野にて、
トークイベント第2弾が行われました。
本日のゲストは佐野史郎さんと原田麻由さん。
若松監督とは状況劇場時代から32年の付き合いになるという佐野さんと
若松作品に多く出演してくださった原田芳雄さんの愛娘の麻由さん。
中上作品を家族で愛読し、中上健次さんとも親交があり
新宮とも深くつながっていた芳雄さんは、
中上作品の映画化にも強い思いを抱いていた事。

 
そして、こうして若松孝二が中上さんの作品の映画化を果たし、
芳雄さんの遺伝子の麻由さんがミツに配役された事、
三好のコートやオバの袢纏などに芳雄さんの衣裳が使われていた事などを
二人が楽しげに語りました。



「若松監督も中上さんも、状況劇場にもよく来ていたけれど
 あの二人は双子みたいによく似ていて…大げんかの後に仲良しになったのは
 若松監督は中上作品をそんなには読んでいなかったと思うけれども
 活字ではなく身体で丸ごと中上さんの作品が伝わっていると感じていた」
と佐野史郎さんが振り返りました。
「残念ながら、『千年の愉楽』ロケが実現したときには
 芳雄さんはすでに亡くなれていて、ワンカットも登場はしていないけれど
 僕は、彦之助の父親、タツに芳雄さんの存在を感じていて
 台詞の中でタツの事を語る時は、芳雄さんの顔を思い浮かべていました」
「芳雄は若松監督と長い付き合いがありましたが、
 私自身は、この作品が若松監督の一作目でした。
 現場では激しく檄を飛ばされましたけれども、
 直談判をすれば、必ず次回作にも何とか出してくれる
 そういう監督でしたから、次が必ずあると信じていたのに
 次がなくなってしまったという事が、本当に残念で仕方がない」
と麻由さんが語ると
「若松孝二の新作が撮られる事はないという事実は受け止めねばならない。
 でも、今も、どこの現場でも、監督だったらこう言うだろう
 こうするだろう……と考えながら表現を続けている。
 身体はなくなっても、まだ存在があるという事を強く感じている。
 監督のまなざしに恥じないように、1つ1つ演じあげていくしかない。
 そして、これまでの若松作品を改めて見なおして行く事
 作品と新たに出会っていくという事も
 また別の若松作品の『新作』のありようだろうと思っています」
と佐野さんがまとめました。



濃く深く、そして静かで暖かなトークでした。
作品への真摯な向き合い方、現場での真剣勝負。
若松孝二とセッションを繰り返してきた佐野史郎さんの言葉の中にも
そして、最後の若松組の現場で新しい息吹を見せてくれた麻由さんの中にも
確かに若松孝二は生きているのだと、実感するトークとなりました。
さて、トークの追加第5弾!
5月20日(月)12:40上映終了後/15:10上映前
今回、直一郎役を演じた岩間天嗣さんがトークに駆け付けます!
明日は高岡蒼佑さんがポレポレ東中野にいらっしゃいます。
高岡さん演じる三好は、現場でも監督を唸らせる事度々。
スクリーンに現れる三好の生き様を堪能し、
そして、高岡さんの語る若松組の言葉をぜひお聞きのがしなく!

2013年5月14日火曜日

ポレポレ東中野トーク第1弾終了!

本日、ポレポレ東中野にてのトークイベント第1弾。
清二役の地曵豪さんと、初枝役の安部智凛さんが
舞台挨拶に駆け付けました。

 
平日の午後という事もあって
客席は大入りという訳にはいきませんでしたが
来て下さったお客さまに最大の感謝を込めて
二人がスクリーンの前に立ちました。




「実録・連合赤軍」以来の若松組同志の二人。
レンセキの現場で初日からいかに怒られ
いかに怒りの中に監督の愛情を感じたか。
現場でヘコみ、役者同士のダメだしや支え合いで
日々進んでいった怒涛の現場。
話題は尽きず、あっという間の20分でした。
終始、笑いに溢れつつも、
二人の言葉の中には、若松監督への愛情があり
そして、変化球織り交ぜてエピソードが加速する
安部智凛さんの会話を全て受け止めて
お客さんへ届けようとする地曵さんの配慮もあり
ああ、そうだそうだ、こうやって役者さん同士が
支え合って、予定調和ゼロの現場が動いていっていたなあと
もう二度と戻って来ない若松組の現場を
懐かしく思い出したのでした。
 

 
 
次々と新たなトークが決まっています。
次は18日(土)佐野史郎さんと原田麻由さん。
その前に、もしかしたらスペシャルサプライズがあるかもしれません。
決まり次第、ブログとツイッターにて告知して参ります。

2013年4月17日水曜日

「千年の愉楽」舞台挨拶レポート(広島サロンシネマ)

4月13日(土)「千年の愉楽」10:00の回上映終了後、舞台挨拶に佐野史郎さんと高岡蒼佑さんが来て下さいました。
電車に遅れがあり、佐野さんは上映が終わる少し前にギリギリ到着。
落ち着く時間もないまま控室から場内へ入っていただき、登壇後も佐野さんのマイク第一声は息切れでした。
そんな佐野さんが作ってくださった雰囲気に場内では笑いも起き、すぐにお客様も和んでいました。
実は舞台挨拶で場内に入る直前に、扉の傍でカメラを手に待っていたお客様を見かけ、まだ息切れされていた佐野さんは立ち止まって「写真ですか、いいですよ」と快く応じてくだったりしていました。
高岡さんは監督作品が初めてで、監督からこういう事を学んだというのはすぐには言えないかもしれないが、あの時経験したことを噛みしめながら役者を続けていくとおっしゃってくださいました。
またお客様からの質問にあったご自身の名前の漢字が変わった理由などにも触れてくださりなかなか聞けない内容だったので質問されたお客様も喜ばれたと思います。
佐野さんからは「そろそろ監督の等身大の姿の話もしていかないと供養にならないんじゃないかと思って…」と以前あったテレビ撮影時のお話し等をしてくださいました。
佐野さんはテレビドラマがヒットして、ドラマ撮影時には控室も用意される程の待遇に、若松監督もその時テレビ撮影をされていた事があり、たまたま隣のスタジオだったことがあったそうです。
若松監督は佐野さんに「いいなー佐野は控室があって…」と少しひがんでいる姿だった事や、佐野さんの演技に「佐野さんはテレビっぽい演技ですね」と、そのよそよそしい言い方にも場内は笑いに包まれました。




そして若松監督と佐野さんが(結果的には最後の)お酒を飲んだ時の話で、滅多にない昔を振り返る話をしたそうです。その時に高岡さんの事をとにかく褒めていたよと、佐野さんから高岡さんに伝えていたのが印象的でした。

最後はパンフレットにサインもしてくださり、ご購入されるたくさんの方の列ができました。佐野さんは事前に書く時間がなかったので終わった後にたくさん書いていただき、高岡さんも売り切れたので追加で書いてくださいました。
短い時間でしたがお二人の舞台挨拶にお客様も大変喜んでくださいました。

広島サロンシネマにて絶賛公開中です。

「千年の愉楽」シネマ尾道舞台挨拶レポート

●シネマ尾道舞台挨拶レポート

4月13日(土)。
広島市を後にし、午後より尾道市のシネマ尾道にて佐野史郎さんと高岡蒼佑さん
による舞台挨拶が行われました。
満席を越える120名近くのお客様にご来場いただき、普段なかなか見れない光景
に、支配人・河本、スタッフ一同テンションがあがります。




盛大な拍手でゲストのお二人を迎え、いよいよ舞台挨拶開始。
登壇してすぐに、「今回初尾道ですが、わずか45分しかいれないのが本当に残念
です」と、佐野史郎さん。
「映画の話もしますが、尾道について語っていいですか?」と、マイクを握り映
画の聖地・尾道への思いを語り始めました。
「「東京物語」をはじめとする小津安二郎作品が、私自身の役者人生の軸になっ
ています。「東京物語」の舞台でもあるここ尾道は、役者や映画人 にとって憧
れの地で、いつか必ず行ってみたいと思っていました。今回映画の仕事で来るこ
とができ、すごく嬉しいです。」と、原田芳雄さんへの 思いやご自身の役者論
に至るまで、幅広く語っていただきました。
続いて高岡蒼佑さん。
若松孝二監督への思いや、三好という役柄について熱く語っていただきました。
「今日、テレビの取材が来ているようですが、ワイドショーネタは話しませんの
で(笑)」と笑顔で話す高岡さんのキラキラした瞳に、最前列の若 い女性達の
みならず、常連の年配の女性もうっとりとし…。

後半は、質疑応答。
僅か30分足らずの舞台挨拶は、あっとゆう間に終了。

「また必ず尾道に来ます!」と、佐野史郎さん。
客席から「ぜひ!」と歓声が上がり、尾道のお客様も大満足のアットホームな舞
台挨拶になりました。

佐野史郎さんは、「う~ん。尾道いいなぁ~。」とつぶやきながら尾道駅や劇場
を、カメラでパチパチと。


佐野史郎さん、高岡蒼佑さん。
映画の聖地・尾道へ、ぜひまたゆっくりとお越しください!




「千年の愉楽」は、シネマ尾道にて5月3日まで上映しています。

2013年4月8日月曜日

映像化できない世界の映画化/テアトル新宿最終イベント終了

前日の悪天候から一転、カラリと晴れ渡った日曜日。
テアトル新宿にて『千年の愉楽』のトークイベントが行われた。
「この作品上映する時は、路地の事とかいろいろ
 話していかないとならないな」と話してた若松監督。
それならば!と、企画した、テアトル新宿のファイナルイベントは
「路地の背景に広がるもの」として、
脚本の井出真理氏と評論家の菅孝行氏をお呼びして
わずか30分という時間の中で、
<路地>とは何ぞや。若松孝二は何を描きたかったのか。
シナリオが出来上がるまでに、どのように手探りしたのか…
みっちりと語って頂いた。
井出氏は、若松孝二に「半蔵と三好の物語を軸に
全て、オリュウに還っていくように描いて欲しい」と依頼された事を語り
「〝差別〟は、してる側はその事実をないものとして生きていけるけど
 されている側は、〝ないもの〟として扱われたまま生きていかねばならない。
 それに対していかに抵抗していくか、という物語だと考えた。
 そして、オリュウの抵抗の方法は、力ではなく
 ずっとそこに〝存在し続ける事〟であると考えたんです」と話した。
菅氏は、「中上健次と関わりのあった編集者に
『千年の愉楽』が映画化されるらしい、と話したら
「映像化不可能だろう」という反応だった。
 確かに、あの文学をそのまま縦に映像化したら
 単なる笑い話にもならない作品になっただろう。
 その事を若松さんも井出さんも十分承知で
 だからこそ、原作の骨格は残しつつも、
 全く異なる、極めて論理だった物語に生まれ変わった。
 これの好き嫌いは分かれるだろうけれども」と話した。

さらに、菅氏は、〝高貴で汚れた血〟という言葉が表すもの、
命の入り口と出口を司る存在は最も高貴であるか
最も穢れたものとして扱われるかしかなかった事。
極めて近いその存在が、光と影につくりかえられた事などを
明快に語った。
井出氏は、<路地>の人たちの日常をいかに描くかに腐心し
臓物で油かすを作って行商するミツの存在を作りだした事や
漁業にも加われない状況を三好の一言に込めた事などを語った。
そして、極めて神話的な小説である原作を映像化する象徴として
シナハンで見出した花の窟を語った。
30分はあっという間。
でも、きっと、監督が語りたくて語りたくてしょうがなかった事を
二人が作品を語る事を通して話してくれた30分に
監督はニンマリとしたはず、と思えたテアトル新宿の最終イベントは
無事、そして静かに終了した。
足をお運びくださったお客さま、ありがとうございました。
いよいよテアトル新宿での上映は今週金曜まで。
熱狂的でもなく、淡々と続いている『千年の愉楽』全国公開である。
でも、淡々の内側に沸々と沸き上がっているのである。

2013年3月30日土曜日

若松孝二を支えた役者たち7名集結!

本日、テアトル新宿で
近年の若松組の現場に参加した個性派俳優が
7名勢揃いした。

半蔵の母親、トミ役の増田恵美、
年若い半蔵を預かった久市の女房カネ役の並木愛枝、
三好の運命を狂わせていく人妻芳子役の月船さらら、
路地一番のウワサ好きなミツ役の原田麻由、
半蔵の男ぶりにのめり込む後家の初枝役の安部智凛、
三好がアニと慕う盗人の直一郎役の岩間天嗣、
半蔵の山仕事仲間、ジンノスケ役で助監督兼の瀧口亮二。

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並木は『ある朝スウプは』という出演作を観た若松孝二からの
熱烈なコールを受けて『実録・連合赤軍』で永田洋子を演じた実力派。
その同じ現場を共にした安部智凛が、レンセキ初日に
履いていた靴の事で監督から「お前は今日でクビだ!」と大激怒され、
助監督の機転で現場がなんとか回っていった事を語り、
「監督って、助監督が自分の靴を脱いで渡した様子を見ていて
 本当はクビにするつもりなんかなかったかもしれないけれど
 怒りで現場をつくり、またその怒りに対してスタッフも含めて
 現場の人間がどう動いていくかをしっかり見てたと思う」と並木。

若松孝二の激怒エピソード、『11.25自決の日』にも出演し
三島と森田を介錯する古賀を演じた岩間天嗣が
三島の現場で、衣裳部の指示通りに学ランを着ていったところ
「お前、それは違うだろう!衣裳部が着ろと言われたら
 お前はそれを着るのか!それでいいのか!」と怒鳴られた事を語り
「衣裳部が決めたものを着た!」と怒られたのは俳優人生初だったと話し
会場の笑いを誘った。

「それでも、監督って、どうしても次も出たいんです!と言えば
 きっと出してくれるだろうって思える、そういう人でしたよね。
 相手との関係性をとても大切にしていて」と原田麻由が語ったのは
父、原田芳雄氏と監督との対談を書籍にしたいと編集者が
監督に電話した時のエピソード。
「電話に直に出た監督は、すぐに、ああ、いいよいいよと即答して
 後ほど、企画書をお送りします、と編集者が言うと、
 『そうやって、自分が正しい仕事をしてます、というやり方はやめろ。
 俺が、芳雄さんとの関係でいいって言ってるんだから、いいんだよ』と
 いきなり怒り出したんです」という。
四角四面に、自分たちの企画書というパターンではなくて
「俺と芳雄さん」といった関係性での物事のありようを
感覚的に大切にしてきた若松監督らしいエピソードだが
編集者もビックリしただろう。

映画は若松組が初めてだった増田は、若松組の常識が
他の現場では通用しない事を知って驚いた事を語り、
どうしても『千年の愉楽』に出たいと、何度も直談判の末、
助監督見習い兼、という事で、キャスティングに加わった事を
瀧口が語った。

とにかく、俳優にもスタッフにも、あるいは第三者にも
自分の頭で考えろと言い続けた若松監督の原動力は『怒り』と『直感』。

「とにかく早撮りで、ナイターシーンを待ちきれず
 『夜、まだか!』とスタッフに対して怒ってました(笑)。
 結局、夜になるのを待ちきれずに撮り始めて」と月船さらら。

「綺麗な目をした半蔵に、こんな事を言わせたくない」と
そのシーンの撮影数分前に、大幅にシナリオがカットされたエピソードも。

30分のトークはあっという間。
ほとんどのエピソードには、常に笑いがあった。
監督の理不尽さも強引さも情の深さもせっかちさも
全て、思い出すとみんなを笑顔にしてしまうのだ。

トークを終えてロビーに出ると、
次の上映を待っているお客さまの中に
レンセキで録音をしてくださった大御所、久保田幸雄さんの姿があった。
懐かしい思いがこみ上げ、嬉しく挨拶をさせて頂く。

次のテアトル新宿イベントは7日(日)11時の回上映後。
菅孝行氏と脚本の井出真理氏による骨太なトーク。
「<路地>の向こうに広がるもの」。

4月5日6日は、東北フォーラム6劇場を佐野史郎が回る。
4月5日
フォーラム八戸/フォーラム盛岡/フォーラム仙台
4月6日
フォーラム東根/フォーラム山形/フォーラム那須塩原

まだまだ続く、『千年の愉楽』キャラバン!

2013年3月26日火曜日

3月25日(日)「千年の愉楽」染谷将太さん舞台挨拶レポート 名古屋シネマスコーレ

昨日3月25日(日)若松孝二最後の映画を若松孝二がつくった
映画館シネマスコーレで鑑賞しようと、「千年の愉楽」舞台挨拶に
たくさんのお客様が来場されました。

告知が2日前に発表され急遽決まった、この舞台挨拶。
それでも朝からシネマスコーレ前に列ができはじめ、
1回目、2回目ともにほぼ満席となり大盛況でした。

舞台挨拶をしていただいたのは染谷将太さんです。



映画館で映画を鑑賞するのが楽しみという染谷さん。
ご自身が出演されている作品は何度も観てしまうほどだそうです。
今回、シネマスコーレには初めて来られたとのことでした。

舞台挨拶では「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」でオーディション
を受けて、監督から年が若いとのことで落選してしまった悔しいエピソードや、
今回の「千年の愉楽」に出演が決まる経緯など若松作品に出演できた
嬉しさを語っていただきました。

若松監督はとにかく早撮りで、夜行バスで朝5時に現場に到着して、
その日の午前中には撮り終わってしまう、驚異のエピソードも飛びでました。
出演されてるシーンではリハーサルもほとんどなく、
1テイクのシーンもあったそうです。

今後、出演してみたい監督はいますか?のMCの問いには、監督と呼ばれている方の
作品にはどんどん出演していきたい。と熱意が伝わる頼もしい発言も飛びだし、
次の世代を担う俳優の発言に、場内は盛り上がっていました。

そして2回目の上映終了後、2度目の舞台挨拶が行われたのですが、
染谷さんは客席から登場!なんと「千年の愉楽」の上映を観ていらしたのです。
こんなところにも、映画を愛されている彼らしさがでていました。

「千年の愉楽」はシネマスコーレにて4月12日(金)まで上映いたします。

3月23日(土)~29日(金)
①10:30~ ②12:40~ ③18:10~ 1日3回上映。

3月30日(土)~4月12日(金)
①10:00~ ②16:10~ 1日2回上映

物販はパンフレット 1000円 サウンドトラック 2100円
にて好評発売中です。

2013年3月19日火曜日

「話、まとめるのやめてください」…思いが炸裂した岡山トークイベント

作品公開2週目に突入した3月17日(日)。
4月6日(土)に公開を控えた岡山県のシネマ・クレール丸の内で
先行上映会および、井浦新さんと高岡蒼佑さんの舞台挨拶が行われました。

本日は、立ち見も合わせて150名を超える観客がクレールに。
何より、女子トイレで化粧直しをする行列。
今だかつて見たことのない劇場の風景に、劇場スタッフもびっくり…。

 


 

 

作品上映後、井浦さんと高岡さんが登壇。
大きな拍手、そして黄色い悲鳴。
最前列の観客から、井浦さんに花束がさっそくプレゼント。
それに喰い気味で、「僕も、お花ほしいな…」と、高岡さん。
作品の三好同様、母性本能をくすぐるセリフ、たまらんです!

そんな掛け合いをしながら、
撮影現場の様子や監督とのやり取りを語り始めるお二人。
監督との思い出に話が移り、井浦さんは、
「今まで、かっこつけて役者をやってた自分に、
本当の意味で映画を作る楽しさ、演じる楽しさを教えてくれたのが、
若松監督だった」と。
そこから、どんどんトークに熱が帯びていく井浦さん。
映画の在り方や俳優の在り方…、監督から受け継がれたもの、
そして、今後自分が受け継いでいくものを語るその姿は、
まさに若松監督が乗り移ったよう。
「役者論を語るヤツって、俺大嫌いなんですよ」と言い放った井浦さんに
完全に重なる若松監督の姿。
以前、『キャタピラー』のインタビューで激を飛ばしていた監督の姿そのもので、
現場にいた自分は涙が出そうに。
その熱さは、舞台挨拶終了後、
「俺、今日は変なスイッチ入っちゃった」と本人も驚いていたほどでした。


井浦さんからは、『千年の愉楽』だけでなく、監督の過去作品に関する話も。
「僕は、監督の作品の中で、『寝盗られ宗介』が一番好きです」
というコメントに、会場からは「おぉ~!」と歓声が。
会場のファンが興奮するのも当然。
と言うのも、実は『寝盗られ宗介』主演の原田芳雄さんは、
奥様の実家がある岡山と、並々ならぬご縁があるのです。
昨年秋には、有志によって「原田芳雄映画祭」が開催。
そこでも、『寝盗られ宗介』は上映されていたのです。
そんな原田さんの話が、井浦さんの口から直接語られ、
会場の映画ファンは言葉にできない喜びに包まれました。



そして、あっという間に所定時間が過ぎ、司会が最後の締めにかかろうとしたとき、
「話、まとめるのやめてください」と、司会の静止を振り切る井浦さん。
会場からはもちろん大きな拍手! 
その後、司会者と井浦さんがあわや乱闘騒ぎに…というのは冗談ですが、
映画の魅力を、若松監督の思いを伝えるという使命をおびた井浦さんの
強い意志が感じられました。
この一言は、2人がお目当てだった多くの観客が、
本当の意味で若松映画ファンになった瞬間でもありました。

さらに続くトークライブ。
高岡さんのキャスティングについては、お二人からこんな話も。

高岡「正直、『千年の愉楽』のお話をいただいたとき、
プライベートでいろいろあった時期だったんで、
お断りしようって思ってたんですよね。
寺島しのぶさんが僕を指名してくれたって説もあったんですけど、
実際俺なんで呼ばれたんですかね??(笑)」
井浦「監督って、見えない圧力や権力に虐げられている人にすごく共感するんだよ。
ワイドショー好きだったからな~。当時、ワイドショーに高岡がいっぱい出てたからね」
高岡「そう言えば、監督に『俺、お前の演技見たことないから』って
言われましたよ(笑)。そういうことだったんだ」

その後、高岡さんの口からは、過去に世間を賑わせたtwitter騒動の件も。
普通なら避けてしかるべき話題にも関わらず、
当時の様子や報道に対する違和感も飄々と語ってくれました。
自分が正しいと思ったことをそのままストレートに言える、
若松監督のように一本筋が通った一面を、高岡さんにも感じました。


最後に、はるばる兵庫県からやってきた男子高校生に井浦さんから
「この映画、どうだった?」と逆質問も。
「最初の井浦さんのシーンはインパクトがあって印象的だった。
そのあと、オバアの回想として3人の男たちの生き様が描かれていた。
とても分かりやすかった」と、大人顔負けのすばらしい感想が。
井浦さん&高岡さん、そして会場の観客から感嘆の声があがったのは
言うまでもありません。
そのほかにも、作品について多くの観客と語り合い、
最終的に30分の舞台挨拶が、1時間を超えるロングトークライブに。
岡山の映画ファンにとっては、至福の時間となりました。


岡山を発つ直前に、井浦さんはJR岡山駅構内にある
岡本太郎氏の陶壁画「躍進」のもとにも。
短い時間でしたが、シネマ・クレール丸の内での舞台挨拶とともに
岡山での思い出を残していただけたようです。




『千年の愉楽』岡山公開は、4月6日(土)より、シネマ・クレール丸の内にて。
http://www.cinemaclair.co.jp/

さらに、今回の『千年の愉楽』先行上映会での舞台挨拶の
完全版&井浦新さん・高岡蒼佑さんインタビューは、
4月上旬に タウン情報おかやま 
http://www.vis-a-vis.co.jp/tjo/
で公開予定です。ぜひこちらもご覧ください。

※取材・撮影/タウン情報おかやま 河野愛